「甘えさせて」(1)

毎日が目紛るしい程の早さで過ぎていく。
昼間は学校で授業を受け、帰って来た後は巫女修行。
所作や仕来りを学び、季封村の風習を会得すること。
覚えなければならない知識は、蔵にある蔵書以上に多い。
 「それに加えて、これだもんなぁ」
溜め息を一つ吐き出すと、もう一度初めからやり直す。
舞の稽古。
今度の秋祭りで、『鎮魂の舞』を披露することになっている。
鬼切丸の封印を護るためにと、生命を捧げてきた村人たち。
彼らの魂を弔うための舞。これは玉依姫としての重大な責務。
 「絶対に失敗するわけにはいかないんだから」
気持ちばかりが焦ってしまって、身体が上手く動いてくれない。
それがもどかしくて、時間を忘れて稽古に励んでいた。
 「珠紀っ!! 危ない!!」
慌てる声が聞こえた。声だけが。
目の前が真っ暗になって、身体中の力が抜けていく。
浮遊する感覚を味わっていると、力強い腕に支えられた。
覚えているのはそこまで。
 「う……ん」
 「気が付いたか? 珠紀」
薄く目を開けると、心配そうな顔で覗き込んでいる真弘先輩の姿が見えた。
 「真弘……先輩? 私、どうして?」
 「どうしてじゃねーだろ。倒れたんだよ、舞の稽古してて。
 ったく、俺が行かなかったらどうなってたか。あんま無茶すんなよな」
倒れた私を、真弘先輩がここまで運んでくれたんだ。
最後に聞いたあの声も、真弘先輩だったのかな。
呆れた声で言う真弘先輩に、ごめんなさいと、小さな声で呟く。
 「秋祭りまで、もうそんなに時間がないから」
 「それは判るけどよ。でも、ムリして倒れて、本番で踊れなかったら、
 それこそ意味ねーだろ」
真弘先輩の言いたいことは判る。私を心配してくれている、ってことも。
でも、今は無理をしてでも、やらなければダメ。
これだけは絶対に、成功させなければいけないのだから。
 「これだけはちゃんとやりたいんです。
 村の人たちを犠牲にしてきた玉依の、せめてもの償いだから……。
 私がちゃんと踊らなきゃ」
 「お前の気持ちは判るけどよ。生命を捧げてくれた、村人への供養の舞だもんな。
 だからって、お前が辛そうにしてるのを、黙って見てるのなんて、俺はゴメンだぞ。
 それに、償わなければいけないのは、俺もだ。
 生贄の数を、無駄に増やしてきたのは俺なんだからな。
 俺が、自分の生命を惜しんだせいで、ズルズルとここまで来ちまった」
私の言葉に、真弘先輩が自嘲気味に笑う。
封印強化のために犠牲になった村人たち。
完全なる封印のために生かされ続けた真弘先輩。
そして、それを強いていたのは、玉依姫。そう、私なのだ。
 「そんなこと、言わないでください!!」
この罪を償わなければいけないのは、私だけ。
真弘先輩の悲しげな笑顔が辛くて、私は声を荒らげた。
 「だーから。俺が言いたいのは、お前だけが責任を感じなくて良い、ってことだ。
 お前はもう少し、人に甘えて良い。特に俺には、遠慮なんかすんな」
肩を竦めて息を吐き出すと、今度は優しい笑顔を向けてくれる。
 「で、何かないのか? 俺がお前に、してやれることはよ」
私はその笑顔に安心する。
真弘先輩は、私が甘えてないって言うけれど。
いっぱい甘えさせてもらってるの、気付いてないのかな?
それなら、もう少しだけ甘えてみたい。
 
HOME  ◆  NEXT