「一番」(2)

 「珠紀は、編物ができるのか?」
そう祐一先輩に聞かれた。
 「小学校の頃からやってるんですよ。もう、複雑な模様だって任せてください、って腕前です」
両親が共働きだったから、子供の頃から家で留守番をしていることが多かった。
料理や手芸は、まるで一人遊びをするような感覚で、大抵のことは一通りできる。
 「そうか。なら、今度俺にも何か・・・」
 「ダメだ!!珠紀の手作りなら、一番は俺から、って決まってんだよ」
祐一先輩が言いかけた言葉を、真弘先輩の声が遮った。
急に掴まれていた手首を引かれたので、危うくバランスを崩しかける。
寸でのところで、真弘先輩が支えてくれた。
今のって、もしかして祐一先輩にやきもち・・・ですか?だったら、嬉しいのにな。
 「判ってますよ。最初からそのつもりで、今日は買い物、付き合ってください、
 ってお願いしたんですから・・・」
真弘先輩に何か作りたいって思ったから、編物を始めるんです。だから、一番は先輩ですよ。
私はそう思いながら、真弘先輩に笑顔を向けた。
 「おっ、おぉ。じゃ、行くか、買い物」
 「はい。じゃあ、祐一先輩。真弘先輩を、お借りしますね」
二人の話を邪魔してしまったお詫びのつもりで、祐一先輩にそう声を掛けると、
 「好きにすれば良い。元々、そいつはお前のものだ」
真顔でそう返された。祐一先輩、それって、どういう意味ですか!!
あまりにもさらっと言われると、返って恥ずかしくなる。
さっきから、顔が熱い。真弘先輩を見ると、同じように真っ赤になっていた。
でも、すごく嬉しいです。真弘先輩の彼女だって、みんなに認められたみたいで・・・。
そう思ったら、自然と顔が綻んでしまった。
 「ほら、さっさと行くぞ。店、閉まっちまうだろーが。じゃーな、祐一」
さっきまで一緒に照れていたはずの真弘先輩は、いつの間に不機嫌そうな顔をしている。
怒ったような口調でそう言うと、私の腕を引っ張るように廊下へと歩いていった。
 「せ、先輩。急に、どうしちゃったんですか?」
 「・・・何がだよ。買い物行きたい、って言ったの、お前だろ」
私の言葉に、真弘先輩は不機嫌そうな声で返す。やっぱり、何か怒ってるのかな。
 「あの・・・ごめんなさい。祐一先輩との話、まだ終ってなかったんですね。
 私が邪魔しちゃったから・・・」
 「んなの、関係ねぇー。つーか、話しはもう、終ってたしよ」
冷たい口調でそう言われると、私は次の言葉を見つけることができなかった。
それから暫く、無言で歩く。
靴を履き替えるときだけ離した手を、再び繋いでくれたことだけが、唯一の救いだった。
 「いい加減、なんか話せよ」
私の手を引くように先を歩いていた真弘先輩は、そう言って振り向くと、少し驚いた顔をした。
 「お前、何で、そんな泣きそうな顔してんだよ!!」
 「だって、先輩が怒ってるから・・・」
 「別に、何も怒ってねーよ!!」
嘘。さっきからずっと怖い顔のまま、何か真剣に考え事をしていた。
祐一先輩と何を話してたんだろう。先輩の悩み事なら、私だって知りたいのに・・・。
 「じゃあ、ちゃんと言ってください」
 「い、言えって、な、何を・・・だよ」
私の言葉に、真弘先輩は、何故か急にうろたえる。
 「祐一先輩としてた話のことです」
 「お前、聞いてたのか!!」
 「聞いてません!!聞いてないから・・・。だから聞きたいんです。
 私ではダメなんですか?先輩が悩んでるなら、私だって一緒に考えたいです。
 確かに、祐一先輩のように、的確な答えなんて言えないけど。
 でも、話を聞くくらいなら、私にだって・・・」
 「珠紀、お前・・・」
 「私だって、真弘先輩の一番になりたいんです。私ばかり、先輩に甘えるんじゃなくて、
 ちゃんと、先輩の力になりたいって、そう思ってるんです」
だから、悩み事があるなら、私にも話してください。一人で置いていかれるのは、もう嫌です。
泣き顔を見られたくなくて、私はそのまま俯いてしまう。
真弘先輩は繋いだままの手を引くと、私を優しく抱きしめてくれた。
 「ばぁーか。悩み事なんて、もう、解決しちまったよ」
 「やっぱり、祐一先輩はすごいですね。ちゃんと答えをだしてくれるなんて・・・」
祐一先輩との話しは、もう終ったって言ってましたもんね。さすがです、祐一先輩。
私も、祐一先輩には、何度も背中を押してもらったっけ。
 「さっきから、祐一ばっか誉めてんじゃねぇー。それに、解決してくれたのは、お前だしよ」
 「私・・・ですか?」
私、まだ何もしてないです。って言うより、真弘先輩の悩み事、まだ聞いてません。
 「お前が俺の一番になってくれんだったら、もう他に怖いもんなんて、ねーからな」
そう言って、更に強く抱きしめられる。
 「今度、ちゃんと言うからよ。それまで、ちょっと待ってろ」
真弘先輩はそう言うと、心の準備が必要なんだ・・・と、小さく付け加えた。
結局、真弘先輩の悩み事が何だったのかは、教えてもらえなかったけど。
それでも良いや。先輩が私を一番だって認めてくれたのなら、それで・・・。
 「何だか嬉しそうな顔してんな。さっきまで泣いてたのによ」
呆れた声で言う真弘先輩は、私の手を引きながら先を歩く。
私と同じように嬉しそうな笑顔をして・・・。

完(2009.10.31) 
 
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