「宝探し」(5)

ふざけた指令に従い、“ふりだし”の教室へと向かって走っていると、
関係のない教室から、ひょっこりと珠紀が出てくるのに出会した。
何事もなかったかのように、隣に並んで歩く男と楽しそうに会話を交わしている。
 「珠紀!!お前、無事なのか?」
 「真弘先輩?もしかして、迎えに来てくれたんですか?」
焦っている俺とは対照的に、珠紀は嬉しそうに微笑んでいた。
そんな珠紀の反応を見て取ったのか、隣に立っていた男が軽く手を振ると、
その場を離れようとする。
 「あー、じゃあ、俺、もう帰るわ。
 春日、悪いけど、委員会のノート預かっといてくれる」
 「あ、うん。お疲れ様。また、明日ね」
俺に向けていた笑顔と寸分変わらぬ微笑を、そいつにも向けている珠紀を見た途端、
無け無しの理性が吹き飛んじまった。
急いで珠紀との間に割って入ると、俺は男の胸ぐらを掴んで声を荒げる。
 「ふざけんなよ、てめー!!俺が来たら、即効で戦線離脱か、おい。
 そんなんで許されると思うなよ。
 だいたい、俺から珠紀を奪おうなんざ、100万年はえーんだ!!」
 「ちょっと真弘先輩、何してるんですか!!」
 「うわっ、何だよ、行き成り。春日、ちょっとこの人、止めてくれ」
しらばっくれやがって!!お前だけは、絶対に許さねーからな。
俺はその思いを拳に込めると、掴んでいた男の制服を、更に締め上げる。
身動きできずにいる男は、苦しそうな顔で、珠紀に救いの視線を向けた。
 「うるせー!!あっちこっち走りまわらせやがって、
 今更知らない振りしたって 遅いんだよ」
 「真弘先輩、何か誤解してませんか?私、委員会に出てただけですよ。
 手紙、読んでくれてないんですか?」
俺と男を引き離そうとしながら、珠紀が心配そうな顔で尋ねてくる。
聞きなれない単語を耳にした俺は、漸く男を解放すると、珠紀へと視線を向けた。
 「あ?委員会・・・だと?手紙って、何の話だ?」
 「拓磨に頼んでおいたんですよ。
 今日は委員会に出るからって書いた手紙。
 真弘先輩に渡してもらうことになってたんです」
 「俺、拓磨になんか、逢ってねーぞ」
手紙?委員会?何のことだ?あの場所には、他に誰もいなかったよな?
頭の中が『?』マークで一杯になる。
教室で目を覚ましたときのことを思い返してみるが、
何の答えも見付からず、ますます判らなくなっていく。
 「おや、オリエンテーリングは終わったのですか?」
 「ゴールは珠紀先輩のところだったんですね」
珠紀の言葉に呆けていると、後ろからのほほんとした声が被さった。
振り向くと、調理実習室と茶道室で逢った二人が、声と同じ平和そうな顔で
廊下を歩いて来るのが見えた。 二人の後ろには、祐一の姿もある。
 「オリエンテーリングって、何の話だ?誰かちゃんと説明しろよ。
 さっきからみんなして、訳の判らねーことばっか言いやがって」
 「拓磨と遊んでいたのではないのか?
 黒板の文字、あれは拓磨の字だった」
祐一の声にハッとする。
そうか、あの文字!!
何処かで見たことがあると思ったのに、書かれていた内容の方に気が回って、
すぐに忘れちまっていた。
 「拓磨のヤロー!!俺をおちょくってやがったのか。
 おい、あいつ、何処に行った」
 「さぁな。図書室に顔を出した後、何処へ行ったのか判らない」
俺の問い掛けに、祐一が首を振る。
他に誰か知ってるやつはいないのか?
みんなの顔を順に見回すと、大蛇さんが助け舟を出してくれた。
 「うーん、そうですね。オリエンテーリングのルートの中に、
 誰もいなかったところはありませんでしたか?」
 「誰もいなかったところ?・・・そうか!!屋上だ」
屋上だけ、紙が置かれたままになっていた。
拓磨のやつ、他のルートにヒントを置いた後、あそこへ戻ってくるつもりだったんだな。
そう思いついた俺は、急いで駈け出した。
 「ちょっと真弘先輩、何処へ行くんですか?」
 「んなの決まってる!!
 拓磨、待ってろよ。ギッタンギッタンにしてやるからな!!」
珠紀の声にそう答えると、猛スピードで屋上へと向かった。
---------- その頃、屋上では。
 「真弘先輩、いつまで掛かってんだよ。
 ヒントの置き場所、あの人には難しかったのか?」
フェンスに凭れかかりながら、校庭を眺めている拓磨の姿があった。
 「あんまり遅いと、このハートマーク付きの珠紀の手紙。
 紙飛行機にして飛ばしちまうっすよ」
これから起こる惨劇も知らずに、一人、黄昏ていく空を眺めていた。

完(2010.12.18) 
 
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