「宝探し」(1)

ことの発端は、放課後の教室で眠りこけていたことにある。
俺の頭上で、こんな会話が繰り広げられていたことに気付きもしないで、
惰眠を貪り続けていたのが、そもそもの原因だってことらしい。
 『・・・で遅くなっちゃいますが、待っていてくれると嬉しいな。はぁと、っと』
 『なんだ、珠紀。こんなところにいたのか?
 委員会が始まるって、もう一人の委員が探してたぞ』
 『あっ、拓磨。委員会で遅くなること、真弘先輩に伝えに来たんだけど、
 眠っちゃってるの。起こすのも可哀想だから、手紙を書いてたんだ。
 うーん、何処に置いておいたら、気付いてくれるかな』
 『そうか。ならそれ、俺が真弘先輩を叩き起して、渡しといてやるよ。
 委員会に遅れるから、お前はさっさと行っとけ』
 『ホント?じゃあ、お願いしちゃうかな。
 “叩き起こす”じゃなくて、“起きたら”で良いからね』
笑顔を残して珠紀が教室を去った後、暫くして拓磨も教室を出て行った。
その間、俺は拓磨に起こされた記憶は、ない。
 「んあ?あれ、俺、眠っちまってた?
 珠紀・・・も、いねーのかよ。ったく、いつまでのんびりしてやがんだ。
 仕方ねーから、教室に迎えに・・・」
机に突っ伏した状態で眠りこけていた俺は、漸く目を覚まして起き上がる。
窓の外に見える夕暮れに、随分と時間が経っていることを自覚した。
いつもなら珠紀が迎えに来ている筈なのに・・・。
そう思った俺は、珠紀の教室まで迎えに行くことに決めた。
そんな決意を口にしながら立ちがあると、黒板の文字が目に飛び込んでくる。
 「な・・・んだよ、これ!!くそっ、ふざけやがって!!」
大きな文字で書かれているそれを、怒りの表情で睨め付けた。
 『宝物はいただいた。返して欲しかったら、屋上まで一人で取りに来い』
まるで挑発するかのような文字が踊っている。
俺から“宝物”を奪うって言うのか。上等じゃねーか。やってみろ!!
憤怒の思いを拳に込めて力いっぱい机を叩くと、俺は屋上へ向かうために駈け出した。
 「どうした、真弘。そんなに慌てて」
勢い良く扉を開けると、目の前に祐一が立っていて、危うくぶつかりそうになる。
 「なんだ、祐一か。あっ、そうだ。お前、珠紀、見なかったか?」
いつもだったら迎えに来ている時間。なのに、あいつは俺の前に姿を現さない。
そして、黒板に書かれた挑戦状。
それが符合することの意味を、俺は確信していた。
それでも、間違いであって欲しいと思う気持ちが、
祐一への質問となって口から漏れる。
 「珠紀?いや、見なかったな。珠紀が、どうしかしたのか?」
 「見てないなら良い。あいつ、学校の中にはいるよな?」
 「・・・気配はまだあるようだが。いったい、何があったんだ?」
 「いるなら良いんだ。わりぃ、俺、行くとこあるから」
珠紀がまだ学校の中にいるのなら、俺を呼び出した先、屋上にいるはず。
それなら、お望み通り、一人で行ってやるよ。
俺様に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。
心配そうな顔の祐一に軽く手を振ると、今度こそ屋上へ向かって走りだした。
 「おかしなやつだな。・・・まったく、二人して何を遊んでいるんだか」
不思議そうな顔で見送った祐一は、教室の黒板に目を留める。
小さな溜め息と共に、呆れたように呟いた声は、
もちろん俺の耳に届くことはなかった。
 
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