「嵐の夜」(2)

真弘先輩の言葉どおり、間もなくして嵐がやってきた。
ガタガタと窓が風に揺れ、屋根を叩く雨音も次第に酷くなっていく。
カーテンを開けて外の様子を窺うと、近くの木が折れそうなほど撓っている。
 「あの木、倒れてきたりしないかなぁ」
そんな心配事が増えてきて、ますます眠れなくなってしまう。
 「珠紀、起きてるか?」
嵐に気を取られていたせいで、襖越しに声を掛けられるまで、廊下を歩く足音に気付かなかった。
慌てて襖を開けると、心配そうな顔の真弘先輩が立っている。
 「どうかしたんですか?」
 「さっきは、随分と怖がらせちまったからな。風の音にビビって、眠れないんじゃないかと思ってよ」
 「だから、ビビってなんて・・・」
真弘先輩の言葉に反論しようとしたとき、開けられたままのカーテンの隙間から一瞬光りが漏れ、
それから物凄い音で雷が鳴った。まるで何処か近くに落ちたような、重い音がする。
 「きゃぁぁ」
私は、怖さのあまり悲鳴を上げて、そのまま真弘先輩に抱きついてしまった。
 「やっぱ、ビビってんじゃねーかよ」
そう言って軽く息を吐くと、安心させるように背中を軽く叩いてくれる。
今度は、身体の震えが治まるまで、そのままでいてくれた。
 「怖いもんに遭遇したときの、この抱きつく癖。俺以外の奴にやったら、許さねーからな」
 「だったら、ずっと傍にいてください。真弘先輩が傍にいてくれたら、怖いものなんて・・・」
身体の震えは治まっていたけれど、真弘先輩に抱きしめていて欲しくて、そう懇願する。
 「仕方ねーな。じゃあ、嵐が過ぎ去るまで、一緒に・・・」
私の願いが通じたのか、真弘先輩はそう言いながら、部屋の中へと足を踏み入れる。
でも、部屋の中央に敷かれていた布団に視線を向けると、そのまま立ち止まってしまった。
 「いや、止めとくか。頭から布団被って耳塞いでれば、その内眠っちまうだろ。
 安心しろ。目が覚めたときには、嵐なんて通り過ぎた後だ」
腕の中から私を解放すると、真弘先輩はそう言って、部屋を出て行こうとする。
嫌だ、真弘先輩。行かないで!!
嵐も、雷も、幽霊も、どれもみんな怖い。怖いけれど、だから一緒にいて欲しいわけじゃない。
ただ傍に。私の横で、その笑顔を向けていてくれるだけで良い。
それだけで、私の心は安らぐから。だから、ずっと一緒にいて欲しいの。
私は慌てて、真弘先輩の服を掴む。
 「待って!!お願いです、行かないでください!!今夜は一緒に・・・」
 「お前なぁ。んな顔で、部屋に男引っ張り込むような真似、すんじゃねーよ。
 警戒心っつー言葉、知ってっか?」
私の行動に驚いた様子の真弘先輩は、少し呆れた声で窘める。
 「知ってます。でも大丈夫です。私、真弘先輩のこと、信じてますから」
 「・・・反則だろ。んな言葉よぉ。お前に牽制されたら、もう何にもできねーじゃんか」
私の言葉に、何故か顔を赤くした真弘先輩は、口の中で小さく呟く。
 「何か言いました?」
 「うるせーな。この雷の音じゃ、多少声が漏れても、誰にも聞こえなくてすむ、って言ったんだ」
 「そんな大きな声で話さなくても、充分聞こえるから大丈夫ですよ」
 「そういう意味じゃねーよ。たっぷり可愛がってやるから覚悟しとけ、ってことだ」
 「ちょっと、真弘先輩。それどういう意味・・・ 」
言葉の意味に狼狽えている私を見て、真弘先輩は楽しそうに笑うと、そのまま勢い良く襖を閉めた。
---------- 台風一過の翌日。
 「昨日の嵐が、嘘のような青空ですね」
縁側に立った私は、空を見上げながらそう言うと、居間の方を振り向いた。
私の言葉がまるで場違いだったように、居間の中には重たい空気が漂っている。
部屋の中央には、まるで針の筵に座らされているみたいに、縮こまっている真弘先輩。
その周囲を、冷たい視線を送る美鶴ちゃん、状況が飲み込めないという顔のアリア、
満面の笑みを浮かべている清乃ちゃんに、一触即発のように殺気立っている守護者のみんなが
取り囲むように座っている。
 「だーかーらー、何にもしてねーって、さっきから言ってんだろ!!
 ずっとしゃべってたら、いつの間にか眠っちまったんだよ」
事の発端は、今朝、美鶴ちゃんが私を起こすために、部屋を訪れたこと。
襖を開けると、布団の上で大の字に寝ている真弘先輩を発見する。
そして、その横に寄り添うように、タオルケットに包まって眠る私の姿があった。
 「ホントに?一晩中一緒にいたのに、何にもしなかったの?もしかして、ヘタ・・・」
真弘先輩の言葉に、清乃ちゃんがすぐに反応する。更に慎司くんも、慌ててアリアの耳を塞ぐ。
驚きを隠せないという顔の清乃ちゃんの言葉を、真弘先輩が遮るように奪い取った。
 「俺はヘタレなんかじゃねー!!今回は偶々だ、偶々。
 だいたい、襖一枚隔てた向こう側にお前らがいんのに、手なんか出せっこねーだろ」
 「ちょっと、嫌だ、真弘先輩。そんな誤解されるような言い方、しないでくださいよ。
 私たちまだ、そんな関係じゃ・・・」
私は、顔を赤くしながら、慌てて訂正する。
誰も誤解していないよね。そう確認するように、みんなの顔を順に見回してみる。
私の言葉に、胸を撫で下ろしている美鶴ちゃん。
慎司くんに耳を塞がれて不快感を露にするアリア。
まだ、こんな純粋な子がいたんだね。そう言いながら、ウンウンと頷いている清乃ちゃん。
それから、憮然とした顔でソッポを向く真弘先輩に、
一斉に同情と哀れみの視線を向けている守護者のみんながいる。
あれはいったい、どういう意味なんだろう。私は不思議に思いながら、その光景を眺めていた。

完(2010.08.29)  
 
BACK  ◆  HOME