「嵐の夜」(1)

夏休みの夜。
美鶴ちゃんとアリア、それからアリアの近況確認という名目で遊びに来ていた清乃ちゃんが、
居間に集まっていた。
女の子が数人集まれば、話題はやっぱり恋愛話。・・・と思っていたのに、何故か始まったのは怪談。
溺神や祟神といった強面のカミ様にだって遭遇している私たちに、今更幽霊やオバケの話くらいで
怖がることができるとは到底思えなかったけれど・・・。
 「やっぱり、夏の夜って言ったら、怪談でしょ。お誂え向きに、ここは神社だしさ。
 もぉ、舞台は整った、ってやつよね。あはははははは」
そう言って、清乃ちゃんが高らかに笑う。もしかして、酔っ払ってる?
 「神社じゃなくて、お寺じゃないかな。怪談の舞台って言ったら・・・」
 「珠紀様、あまり多家良さんを刺激しないでください。やっと落ち着いたところなのですから」
少し呆れ気味に呟いた私に、美鶴ちゃんが慌てて窘める。
どうやらまた、芦屋さんに良いようにあしらわれて、アリアの近況確認とお煎餅の買出しを、
仰せ付かってきたらしい。
当の芦屋さんは、あっさり別の仕事に行っちゃって、何処に居るのかも判らない。
そう言って、さっきまで大暴れしていたのだ。
手におえないと判断した守護者のみんなは、そうそうに居間を逃げ出して、
今頃は誰かの部屋でトランプに興じているはず。
恋愛話なら女の子だけの方が話しやすいと思って、何も言わずにみんなのことを見送ったけれど、
清乃ちゃんのこの様子だと、話題を変えるのは到底ムリそうだよね。
 「くだらない」
 「まぁ、そう言わないで、アリア。ここは少し、清乃ちゃんに付き合ってあげようよ。
 アリアの国では、何かないの?怪奇現象とか、霊体験とか、って話」
 「ふむ。ないこともない。そこまで言うなら、私がとっておきの話をしてやろう」
アリアの言葉を合図に、怪談がスタートされた。
---------- 時は流れて、深夜。
宴はとうに終っていて、みんなそれぞれ自室に引き上げたのだけれど・・・。
 「ここはいつもの家の中。オバケも幽霊も、絶対いない。いないったら、いないの!!」
咽喉が渇いたので、台所へ行って水を飲もうと、部屋を出てきた。
暗い廊下を歩いていると、さっき聞いた怪談が脳裏に浮かんでしまい、つい強がりが口から漏れる。
 「おい」
 「きゃっ」
急に後ろから声を掛けられた私は、心臓が止まりそうなほど驚いて、頭を抱えたまま座り込んでしまう。
 「おい、珠紀。どうした、急に。何処か具合でも悪いのか?」
 「なんだ、真弘先輩かぁ。驚かせないでくださいよぉ」
聞き慣れた声に安堵すると、漸く顔を上げることができた。
心配そうな顔で覗き込んでいた真弘先輩は、私の様子を見て、何か思い当たることがあったらしく、
急に不敵な顔で微笑んだ。
 「はっはーん。お前、さっきの怪談で、ビビってんだろ?」
 「ビ、ビビってなんかいません。ちょっと躓いて、倒れそうになっただけです」
真弘先輩の憎まれ口が悔しくて、つい強がってしまった。
 「そういや、怖い話してると、霊が寄って来るんだったよな。
 どうりで、お前の背後に白い陰が見えると思った。ほら、そこだ!!」
真弘先輩は、私の後ろを指差しながら、ニヤリと笑ってみせる。
 「いやぁぁ」
振り向いて確認する勇気が持てなくて、反射的に悲鳴を上げると、真弘先輩にしがみ付いていた。
 「うわっ、バカ。んな夜中に、大声出すなって・・・。わりぃ、今のはただの冗談だ」
安心させるようにポンポンっと軽く背中を叩くと、すぐに私を引き離す。
冗談?冗談だったんですか!!
 「騙すなんて、酷いです!!そもそも、真弘先輩は、何でこんな所、歩いてるんですか?
 ふざけてないで、さっさと寝てください!!」
単純な悪戯に、簡単に取り乱してしまったことが、恥ずかしいやら腹が立つやらで・・・。
頭が混乱した私は、つい当り散らしてしまった。
 「だから、悪かったって言ってんだろ。他の連中が起きちまうから、そう怒鳴んなって・・・。
 んじゃな。俺も寝るから、お前もさっさと寝ろよ」
怒りが治まらない私を置いて、真弘先輩はその場から離れるように歩き出す。
そして、数歩進んだところで立ち止まった。
 「あっ、そうだ」
 「もう、騙されませんからね」
一瞬肩を震わせてしまったけれど、口では強がりを言う。震えていたこと、気付かれたかな?
 「そんなんじゃねーよ、バーカ。外、変な風が出てきてるからな。多分、この後、嵐が来る。
 部屋の戸締り、しっかりしとけよ」
おやすみ、と軽く手を振ると、今度は振り向かずに歩いて行ってしまう。
嵐?そう思って耳を澄ませてみると、屋根に当たる雨の音と、窓を叩く風の音が聞こえてきた。
もしかして、真弘先輩が夜中に出歩いていたのは、家中の戸締りを確認してくれていたからなのかな。
 
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