「外の世界へ」(2)

 「海・・・嫌でした?」
 「そういう意味で言ってんじゃねーって。ただ、突然過ぎるだろ。急に、海へ行く、なんて言い出してよ。
 祐一なんか、直接こっちで合流すりゃ良いのに、わざわざ村まで呼び戻した、って聞いたぞ」
真剣な表情の真弘先輩と目が合って、私は素直に言葉にしようと、そう決意する。
 「・・・村を・・・出たかったんです。真弘先輩と・・・ううん、みんなと一緒に」
 「村を?」
どういう意味だ?言葉の真意を探るように、真弘先輩の目が、一瞬細められる。
 「鬼斬丸が破壊されて、大分経ちます。カミ様も穏やかで、鬼斬丸の影響も、殆どなくなりました。
 だから、みんなはもう、自由なんですよ。好きなところへ行って、やりたいことをやって、良いんです。
 守護者という役割も、村や神社のことも、すべて忘れて、本来の自分に戻って欲しい。
 これは・・・その・・・第一歩って言うか・・・」
上手く言葉が見付からなくて、最後はしどろもどろになってしまう。
判ってもらえただろうか。私が、みんなと一緒にあの村を出たかった、本当の理由を。
みんなは、あの戦いを経て、自由を手にしたんだってこと。
ずっと縛り付けていた鎖を、自分たちの力で、引き剥がしたんだってこと。
これからは、いつだって自由に外の世界へ行ける。その証のために・・・。
そのために、みんな揃ってあの村を出ること。
これは”玉依姫からの解放”を意味した、私にできるたった一つの儀式。
 「お前の気持ちは、嬉しいけどな。すべてを忘れてなかったことに・・・なんてーのは、ムリだ。
 俺たちには、守護者の力がある。何処に行ったって、こいつは消えたりしない。
 そして、この力は、お前を護るためにある。
 だから、あの村を、お前の傍を、離れるわけにはいかないんだ」
 「そんな・・・。そんなの嫌です。私のために、みんなを縛り付けておくなんて・・・」
 「んな、心配すんなって。誰も、お前に縛り付けられてるなんて、思ってねーからよ」
そう言って、まるで安心させるように、私の頭を撫でてくれる。
私のやっていることは、みんなにとっては意味のないこと。ただ、振り回しただけ、だったのかな。
そう思って俯いてしまった私に、真弘先輩が言葉を掛ける。
 「それよりも、みんなお前に感謝してると思う。今回のことだって、そうだ。
 村の外へ出るのには、勇気がいることだからな、俺たちにとっちゃ・・・。
 大学へ通うために村を出た祐一も、修行って名目で村を出ていた慎司も、それは同じだと思う。
 結局は、典薬寮や神社関係って、限られた枠の中から出られないでいる。
 こんな風にきっかけがなきゃ、その枠を越えることなんか、怖くてできないんだよ」
そう言って自嘲気味に微笑むと、『俺だってそうだ』と付け加える。
 「俺は一度、自分の運命に押し潰されそうになって、あの村を逃げ出そうとしたことがある。
 村中総出で追い掛け回されて、あっという間に捕まっちまったけどな。
 そのときの、ババ様や村人たちの顔が、今でも忘れられないんだ。
 世界の存続とか、そんなことじゃない。自分や家族、そういう身近な人を守ることに、みんな必死だった。
 あの顔が、頭から離れなくてよ。俺がいなくなったら、また誰かが、犠牲になるかも知れない。
 俺は村を出ることを、ずっと怖がっていたんだと思う。多分、こんなことでもなけりゃ、一生出られなかった。
 だから・・・ありがとな」
真弘先輩は、小さな声で呟くように、そう言った。
違う。私は、お礼を言われるようなことなんて、何もしていない。
真弘先輩に、そんな辛い思いを強いていたのは、玉依姫である私なのだから・・・。
そう思って、強く首を振る。そんな私に、真弘先輩は呆れたように息を吐く。
 「ったく、人が素直に礼を言ってやったってのに、んだよ、その態度。
 お前から離れる気なんかない、ってこと、力ずくで判らせてやろうか?」
そして、私の顔に手を伸ばすと、そのまま自分の顔を近付けた。
その時、まるで邪魔をするかのように、二人の間に明るい声が割って入る。
 「真弘せんぱーい!!次は、ビーチフラッグで勝負っすよ」
 「負けた人、全員にかき氷ですからね」
ビーチの向こうで、拓磨と慎司くんが笑いながら手を振っている。
 「くそっ、この続きは後でのお楽しみだからな。覚悟しとけよ。
 おい、お前ら!!俺様に、そんな生意気な口を利いたこと、後悔させてやる!!」
真弘先輩は私にそう約束させると、そのままパラソルを出て、太陽の下へと駆け出していく。
まるで光に向かって突き進むように・・・。
 「珠紀!!何やってんだ、お前もさっさと来い!!」
そう言って、振り向いた真弘先輩が私を呼ぶ。
その周りでは、楽しそうに笑っている祐一先輩、拓磨、慎司くん。
近くで遊んでいたらしい美鶴ちゃんやアリアも一緒にいる。
私も、その声に弾かれたように、走り出す。
みんながいてくれる、明るい場所を目指して・・・。

完(2010.08.22)  
 
BACK  ◆  HOME