「告白」(3)

襖を開ける音に反応して、テーブルに頬杖を突きながら、退屈そうにパラパラと雑誌を捲っていた
真弘先輩が、顔を上げる。
 「珠紀!!起きたりなんかして、大丈夫なのかよ」
 「はい、もう、平気です。あの、心配掛けて・・・ごめんなさい」
素直に謝る私に、真弘先輩は安堵の溜め息を吐いた。
 「っとに、このバカが!!具合悪いんだったら、悪いってちゃんと言っとけ。
 美鶴に聞いたぞ。朝から調子が悪かったって・・・。なんで、んなムリすんだよ」
 「それは・・・」
真弘先輩に逢いたかったから・・・。
ずっと傍にいなければ、真弘先輩が私を好きだと言ってくれたことですら、自信が持てなくなる。
 「すっげー、不安だったんだぞ。お前に、目の前で倒れられて。
 抱きかかえてる間に、お前の身体は、どんどん冷たくなっていくしよ。
 このまま死んじまうんじゃないかって」
学校でのことを思い出したのか、不安と憤りが混ざったような、辛そうな声で呟く。
 「俺は、好きな女一人、護れないのかって・・・。今までいったい、何をやってたんだって、悔しくてよ。
 お前が死んじまったら、俺だって生きてな・・・うわぁっ」
私は、まるで言葉を遮るように、真弘先輩を抱きしめていた。首にしがみ付くように腕を回す。
 「お、おい、どうした。また、貧血か?」
 「違います。ただ・・・こうしたいと・・・思っただけです」
突然の私の行動に驚いて、慌てたように尋ねる真弘先輩に、私は素直な自分の気持ちを伝えた。
私のことを、好きな女だと言ってくれた。私は今までもずっと、真弘先輩の彼女だったんだ。
真弘先輩のたった一言で、こんなにも簡単に、確信へと変るなんて・・・。
 「ビックリさせんなよ。ったく、何甘えてんだ、お前」
呆れたような言い方をする真弘先輩に、ドキンっと心臓が跳ね上がる。
しがみ付いている腕を、引き離されそうな気がして、また不安になった。
でもそれは、ただの杞憂。真弘先輩は、私を拒絶したりはしなかった。
真弘先輩の腕も、私の背中に回されると、そのままゆっくりと髪を撫でてくれる。
 「今度は・・・暖かいな」
 「だって私、ちゃんと生きてますから」
 「・・・そっか。そうだよな」
抱きしめる腕に、力が入る。ギュッと、更に力強く、抱きしめられた。
暫くの間、そうしてお互いの体温を感じあう。
今なら、私の不安を聞いてもらえるかも知れない。
真弘先輩の腕の中で、漸く安心することができた私は、ずっと思い続けていたことを口にする。
 「ねぇ、真弘先輩。先輩は私のこと、好きですか?」
 「なななな、なに言ってんだ、お前?」
私の質問に、真弘先輩は慌てた様子で、私との距離を取る。
それを少し淋しいと感じながら、言葉にしてしまったのだから最後まで言ってしまおうと、覚悟を決めた。
 「だって真弘先輩、あれ以来、言ってくれないじゃないですか」
 「んな、恥ずかしいこと、そう何度も言えるか!!」
顔を真っ赤に染めた真弘先輩が、大きな声で反論する。
 「私は何度だって聞きたいです!!それに、それ以外だって。
 少しも、恋人同士っぽくないですよね、私たち。せめて、手ぐらい握ってくれたって・・・」
 「お、俺だって、初めての彼女なんだぞ。少しは緊張ぐらい、すんだろ。
 手に汗掻いてるなんてバレたら、恥ずかしいじゃねーかよ!!」
 「えっ?そうなんですか?」
真弘先輩の意外すぎる言葉に、私は呆けた声を出す。
ずっと悩み続けてきた答えが、そんな理由だったなんて・・・。
 「それに、だ。それだけじゃ満足できなくて、キスしたいとかって、思っちまったりするだろ。
 それが叶ったら、次はもっと先へ・・・って、どんどんお前を離せなくなっちまう。
 俺はいつか、お前を傷付けそうで、怖いんだよ」
 「そんなこと・・・ないです。真弘先輩となら、いつかそうなったとしても、傷にはなりません」
手を繋いで、キスをして。そしていつか結ばれて・・・。恋人同士なら、必ず通る道。
大好きな真弘先輩となら、いつかそうなったとしても・・・。ううん。いつか、そうなりたい。
私の覚悟をどう受け止めたのか、真弘先輩は大きく息を吐くと、少し呆れたような声を出す。
 「んな安請け合いしてっと、後で痛い目に合っても知らねーぞ。
 ったく、判ったよ。ちょっと来い」
 「えっ?」
この流れで『来い』って、まさか・・・。
 「今は何もしねーよ。だから、不安そうな顔すんな!!」
何処か怒ったような口調で怒鳴る真弘先輩は、驚いて不安そうにしている私を、
再び腕の中へと引き寄せた。そして、耳元に唇を寄せる。
 「俺はお前が好きだ。もう、離してなんてやんねーから、安心してろ」
ずっと、聞きたくて聞きたくて仕方なかった言葉が、私の耳を通って、心に到達する。
涙が溢れてきて、止まらない。
 「俺も言ったんだから、お前もちゃんと言え」
蔵での告白のときを思い出す。あの時も、真弘先輩は同じように、私の言葉を聞きたがった。
きちんと言葉にしないと不安なのは、もしかしたら真弘先輩も同じなのかも知れない。
 「・・・私も、真弘先輩が、好きです。この先も、ずっと真弘先輩の傍にいます」
まるで宣言をするかのように、私は誓いの言葉を告げる。
その日から、私たちの距離が少しだけ縮まった。それはきっと、恋人同士の距離。

完(2010.07.05)  
 
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