「告白」(1)

誰も居ない教室に、這うようにして戻ってくる。
身体を支えているのも限界で、椅子に体重をそのまま預けると、
ガタンっという音が、静かな教室に鳴り響く。
実はさっきまで、体育の授業を欠席して、保健室で横になっていた。
そろそろ授業終了の時刻になるし、少しは体調も回復してきた気がしたので、教室に戻ることにした。
・・・のだけれど。
 「ちょっと、甘かったかもね」
歩いている間に、お腹の痛みがぶり返してきたみたい。
痛みが増してきたお腹を擦りながら、自分の選択を後悔する。
鬼斬丸を巡る戦いの最中、死の恐怖による過度なストレスが原因で、完全に生理が止まってしまった。
その後、元凶である鬼斬丸も真弘先輩と一緒に破壊し、私たちの世界にもやっと平和が訪れて・・・。
 「だからって、一気に訪れなくても、良いんじゃないの?」
平和な日常を過ごしている内に、いつの間にか、私の体調も正常に戻っていたらしい。
まるで、今までの不調を取り戻すかのように、重い痛みとなって一気に攻めてきた。
 「こんなことになるなら、美鶴ちゃんの助言に、素直に従っておけば良かったな」
玄関まで見送りに出てくれた美鶴ちゃんが、心配そうに『お休みになられた方が良いのでは?』と
声を掛けてくれたのに、『病気じゃないから』と無理矢理振り切って、登校してしまった。
その理由は一つ。真弘先輩に逢いたい。ただ、それだけ。
 「だって、真弘先輩、全然変らないんだもん」
そう言って溜め息を吐くと、机に突っ伏す。
前屈みの状態でお腹を押さえていると、少しだけ痛みが軽減する気がした。
そのまま目を瞑ると、脳裏に浮かぶのは、大好きな真弘先輩の笑顔。
鬼斬丸を破壊した後も、真弘先輩は私の傍にいてくれる。
登下校に送り迎えをしてくれたり、休日を私の家で一緒に過ごしたり。
二人でいる時間は、確かに増えたけれど・・・。
でも、その関係は恋人同士というよりも、守護者が主の傍にいるみたいで、とても距離を感じてしまう。
『好き』という言葉も、あの戦いの中でしか聞いていない。
 「気持ちを・・・確かめ合えたと・・・思ったんだけどな」
蔵で交わしたキス。やっと、先輩をつかまえられたと思ったのに・・・。
平和が訪れた後、二人で過ごしている間、真弘先輩は一度も私に触れようとしない。
手を握ることすら、一度も・・・。
 「弱ってるせいかな。何だか、悲観的な発想しか出てこないよ」
暗い闇に沈み込みそうになる気持ちを、わざと明るい声を出して、振り払ってみる。
でも、出てくるのは深い溜め息だけ。
 「あれ?そこにいんの、珠紀か?」
廊下から名前を呼ばれた気がして顔を上げると、開いた窓の向こうに真弘先輩立っていた。
 「お前、一人で何やってんだ?」
不思議そうに聞くと、そのまま教室の中まで入ってくる。
 「真弘先輩こそ、授業中じゃないんですか?」
 「あぁ、さっきまで音楽の授業で教室移動だったからな。
 購買で昼飯を買おうと思って、早めに抜け出してきた」
そう言いながら傍までやってくると、私の顔を見て眉を潜める。
 「お前、顔色悪いぞ。どっか具合、悪いのか?」
 「あっ、何でもないです。全然、大丈夫ですから・・・」
さすがに、『生理痛が酷い』だなんて、男の人には恥ずかしくて言えないよね。
心配そうな顔で見つめる真弘先輩に、私は安心させたくて笑顔を向ける。
 「ったく、お前ってやつはよ。・・・荷物、これだけか?」
真弘先輩は呆れたように大きく息を吐くと、机の横に掛けてあった鞄を持ち上げた。
一瞬何を聞かれているのか判らずにキョトンとしていると、真弘先輩が私の腕を引いて立たせる。
 「ほら、送ってやるから、帰るぞ」
えっ?真弘先輩が・・・私に、触れた?
真弘先輩の手の温もりが、何だかとても懐かしく感じられた。
 「あっ・・・」
そんな不謹慎なことを考えていたから、罰が当たったのかな。
その場に立ち上がった瞬間、まるで墨を零されたみたいに、目の前が真っ暗になる。
そして、深い穴の中に落とされたように、身体が落下していく感覚を味わう。
 「珠紀!! おい、どうした!!」
何処か遠いところで、真弘先輩の声が聞こえた気がした。
 
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