「吊り橋効果」(2)

その後、暫く沈黙が続いた。
話しはもう終ったと判断したのか、祐一はまた本に没頭し始めている。
 「そんなに気になるんだったら、もう一度伝えてみたらどうだ?」
本に視線を向けたまま、祐一が口を開いた。
テーブルに突っ伏してた俺は、顔を上げて祐一を見る。言葉の真意を確かめるために・・・。
 「吊り橋から降りて、もう大分経っている。
 地に足を付けた状態の今、珠紀がどう思っているのか、もう一度確かめてみれば良い。
 吊り橋の効果がないところで、初めからやり直したら済むことだ」
祐一は、そう簡単に言ってのける。こいつ、今、ものすごいことを、さらっと言ったよな。
 「ちょ、ちょっと待て、祐一。それは俺に、もう一度告白しろ、って言ってんのか?」
 「何を今更動揺している。いつも言っているのではないのか?」
 「言うか、んな恥ずかしいこと」
 「自分の気持ちを伝えることの、何がそんなに恥ずかしい?」
赤い顔で抗議する俺に、祐一は不思議そうな声を返す。
そーだよな、お前はそういうやつだったよ。くそっ。
俺が、珠紀に告白!!面と向かって、マジメに言えって?そんなこと、俺にできるのか?
 「こ、告白なんて・・・。いったい、何て言えば良いんだよ」
 「そんなことは、自分で考えるんだな」
何処か楽しんでいるような微笑みを浮かべた祐一は、頭を抱えて悩んでいる俺を、あっさり突き放す。
炊き付けといて、そりゃないだろう、祐一よぉ。
 「自分で考えろって言ったって、どうすりゃ・・・。んーっと、『珠紀、好きだ!!』
 これじゃ、ストレートすぎだよなぁ。これならどうだ。『前からお前のこと・・・』」
祐一を相手にブツブツと告白の練習をしていると、急に図書室のドアが勢い良く開いた。
 「真弘先輩、やっと見つけたぁー!!」
入ってきたのは、肩で息をしている珠紀だった。うわっ、まだ、心の準備ができてねぇーって。
 「もぉ、どうして、普段いそうのない場所にいるんですか。あちこち、探しちゃいましたよ」
 「えっと・・・わりぃ」
拗ねた顔で近付いてくる珠紀に、俺は何となく顔が見れなくて、俯き加減で謝る。
 「今日は買い物に付き合ってくれる、って約束してたじゃないですか・・・って、あれ?
 何だか顔が赤いですけど、大丈夫ですか?熱でもあるんじゃ・・・」
心配そうな声でそう聞きながら、俺の額に手を当てようとする。
俺は反射的にその手を遮るように、珠紀の手首を掴んでしまった。
 「な、何でもねぇーよ。それより、買い物、行くんだったよな。わりぃ、忘れてた」
俺は珠紀の手首を掴んだまま、立ち上がる。どうしても、その手を離す気になれなくて・・・。
 「一緒に買い物、か。何だ、心配する必要はなかったな。すでに吊り橋の効果はないようだ」
 「祐一先輩!!ごめんなさい。もしかして、真弘先輩とお話中のとこ、邪魔しちゃいました?」
祐一の存在に初めて気がついた、という驚きの声を上げて、珠紀は祐一に頭を下げる。
 「いや、話しは終っている。気にするな。それより、二人で何処へ行く予定だったんだ?」
 「毛糸を買いに手芸屋さんへ。そろそろ寒くなってきたんで、何か暖かそうなの、編もうかな、って」
そういや、そう言ってたっけ。何か編みたいから、俺の好きな色を教えて欲しい・・・とかなんとか。
 「珠紀は、編物ができるのか?」
 「小学校の頃からやってるんですよ。もう、複雑な模様だって任せてください、って腕前です」
 「そうか。なら、今度俺にも何か・・・」
 「ダメだ!!珠紀の手作りなら、一番は俺から、って決まってんだよ」
そう言いながら、掴んでいた手首を引いて、珠紀を自分の方へ引き寄せる。
 「判ってますよ。最初からそのつもりで、今日は買い物、付き合ってください、
 ってお願いしたんですから・・・」
そう言って、珠紀は俺に笑顔を向ける。俺は何となく照れくさくなって、ソッポを向いてしまった。
 「おっ、おぉ。じゃ、行くか、買い物」
 「はい。じゃあ、祐一先輩。真弘先輩を、お借りしますね」
 「好きにすれば良い。元々、そいつはお前のものだ」
さらっと言ってのける祐一に、俺も珠紀も顔を赤くする。でも、珠紀はすぐに、嬉しそうに笑った。
お前さ。そういう顔、あちこちで見せてんじゃねーよ。
 「ほら、さっさと行くぞ。店、閉まっちまうだろーが。じゃーな、祐一」
俺は不機嫌な声でそう言うと、珠紀を廊下へ連れ出した。

完(2009.10.24)  
 
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