「吊り橋効果」(1)

カタン、カタン。
背もたれに全体重を傾けて、後ろ側2本の足で起用にバランスを取りながら、椅子を揺らす。
 「・・・真弘」
 「あ?」
祐一の問いかけに、気のない返事を返す。
カタン、カタン。そして、また、椅子を揺らした。
 「・・・真弘」
 「あー、なんだよ、うっせーな!!」
再度の問いかけに、椅子の状態を戻すと、祐一に向かって怒鳴り返す。
 「うるさいのはお前だ、真弘。ここは図書室なんだからな」
 「図書室ったって、誰もいねーじゃんかよ」
チェッと舌打すると、そのままテーブルに突っ伏す。
 「俺がいる」
溜め息混じりにそう言うと、読みかけの本を閉じて、祐一は俺のほうに向き直る。
 「何か、話があるんじゃないのか?」
真正面からそう切り出されると、しゃべり辛いんだよなぁ。
暫く言い渋っていると、祐一に先を越されてしまった。
 「珠紀のことか?」
くだらない悩みだとバカにされそうだけど、こうなったら仕方ない。
俺はテーブルに突っ伏したまま、会話を続ける。
 「あいつさ、俺の何処が良かったんだろうな?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「俺、あんま、格好良くねーだろ。あいつには、色々、情けねーとことか、見せちまったしよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな」
 「だー、くそっ。ちったぁ、否定しろよな、祐一。友達がいのねーやつだな」
ずっとダンマリだったくせに、そこだけ肯定するってのは、どういうつもりだよ。
とは言え、確かに当たってはいるんだよなぁ、悔しいけど。
一度上げた顔を、再びテーブルの上に戻す。こんな話、面と向かってなんてできるかよ。
 「あの戦いの時、あいつはずっと、俺の傍にいてくれた。死の恐怖から、俺を救ってくれた。
 けどよ、それはたまたま、俺がそういう事情を抱えてったってだけで・・・。
 あいつがそれを知って、そんな俺に、ただ同情してくれただけなんじゃないか、ってさ」
不安になる。あいつがそれに気付いたとき、俺から離れてっちまうんじゃないかって・・・。
俺は何も持ってないから。あいつを繋ぎとめておけるものなんて、何もない。
 「吊り橋効果、というやつだな。お前が言いたいのは・・・」
 「あ?なんだ、それ?」
聞いたことのない言葉を、祐一は口にする。どういう意味だ?
 「不安定な吊り橋を渡っているときの恐怖心と、恋愛における高揚感が似ている、という説だ。
 戦いの中に身をおいた状態の恐怖心を、たまたま傍にいた男への愛情と錯覚したんじゃないか、
 ということだろう」
まさに、そのとおりだ。すべてはあいつの錯覚。俺を好きだと言ってくれたことも、全部含めて。
戦いが終って、俺たちに平和が訪れた。夢から覚めて現実を見たあいつには、俺はどう映ってるんだろう。
 「相変わらずだな、お前は。いつもは手が付けられないほど俺様なくせに、肝心なところで臆病になる。
 お前と珠紀は、あの戦いを通して、きちんと絆を結べたと、俺はそう思っていたんだがな・・・」
うるせーな、俺だってそう思いたいさ。あいつと繋がってる、ってちゃんとした確証が欲しいんだ。
テーブルに突っ伏したまま、ウダウダと愚痴る俺に、祐一は呆れたような溜め息を漏らす。
 「情けないやつだな。そんなことでは、他の誰かに珠紀を奪われてしまうぞ」
 「まさか、お前!!あいつのこと、まだ・・・」
突然の祐一の言葉に、俺は慌てて顔を上げる。
 「俺とは限らない。拓磨か、慎司か。そういえば大蛇さんも、珠紀のことを随分可愛がっていたな」
 「ダメだ!!あいつは、誰にも渡さねー!!」
祐一も、他の守護者の連中も、珠紀のことを憎からず思ってる。
あいつへの優しさが、玉依姫への忠誠心からじゃないことくらい、俺にも判る。
あの戦いの最中、珠紀はたまたま俺の傍にいた。けど、もしかしたら、別の誰かのところにいたかも知れない。
今でも、俺が気を抜けば、すぐにでも珠紀を奪い取られちまいそうで、すごく怖いんだ。
あいつを手放すことなんて、俺にはもう考えられないんだから・・・。
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