「ミルキー・ウェイ」(2)

翌週の日曜日。
日が暮れてから、河原で花火の準備を始めていた。
夕方のバスで到着した祐一も、一度家に帰ってから、珠紀たちと一緒に来る手筈になっている。
 「真弘先輩。周りが暗いからって、足元気をつけてくださいね。また、川に落ちたら大変ですよ」
 「川に落ちるくらいなら良いっすけどね。それより、足元に置いたカゴ、蹴飛ばさないでください」
バケツに川の水を汲んでいると、慎司と拓磨が、容赦のない言葉を俺に浴びせる。
 「うっせーな!!判ってるよ、んなこと」
さっきまで、散々扱き使っていたから、きっと仕返しのつもりなんだろう。
大蛇さんが言っていた『良いもの』とは。
川の上流までの地図。それから、水神の術を施した霊符。
それらを携えて、拓磨や慎司と一緒に、行って来たのだ。
ホタルが生息するという、その場所へ。
 『良いか、お前ら!!ノルマは、一人100匹ずつだ。捕まえるまで帰れないから、覚悟しろよ!!』
 『あーあ。嫌な予感が的中しちゃったなぁ』
 『おい、慎司。お前の持ってるその札で、真弘先輩を川に沈めろ。俺たち、一生帰れないぞ』
そんなやり取りの後、三人で川の周辺を、ホタルを探して隈なく歩き回る。
途中、俺が川に落ちたり(慎司の術のせいじゃないかと疑っている)、
虫カゴを蹴飛ばして、捕まえたばかりのホタルを逃がしちまったり(拓磨が押したに違いない)、
散々な目にあったが、何とか目的は達成された。
 「真弘、連れてきたぞ」
花火の準備が一通り終った頃、タイミング良く、祐一が珠紀や美鶴を連れ立って、土手を降りてくる。
 「花火をやるのも、すごい久し振りなんです。楽しみにしてたんですよ」
そう言いながら、祐一の後ろから現れた珠紀は、白地に赤い花の描かれた浴衣を着ていた。
髪を結い上げているせいで、白い項が露になっていて・・・。
日が落ちて辺りは暗いはずなのに、珠紀の周りだけ、まるでスポットライトでも浴びているみたいに、
明るく輝いて見えた。目が離せなくなる。
 「真弘先輩?どうかしたんですか?」
そんな俺に気付いたのか、キョトンとした顔で、珠紀が俺の傍までやってきた。
 「な・・・なんでもねーよ」
俺は精一杯の虚勢を張って、何とかそれだけを口に出す。まさか、見惚れてたなんて、言えねー。
 「あの・・・それより、浴衣、似合ってますか、私。
 美鶴ちゃんと違って着慣れてないから、何だか心配になっちゃって・・・」
 「あー、良いんじゃねーの。それなりに・・・似合ってると思うぞ」
不安そうな顔で尋ねる珠紀に、俺は格好悪いくらいに、ボソボソと答えるしかできなかった。
他に、何て言えば良いんだよ。まさか、惚れ直したとか・・・。んな恥ずかしいこと、言えっか!!
 「それなり・・・ですか。真弘先輩に気に入ってもらえないんなら、やっぱり着替えてこようかなぁ」
がっかりした顔の珠紀に、俺は言葉選びに失敗したことを知る。
似合ってるって言ったじゃないか。どうして、そうなるんだよ!!
慌てて、他の言葉を探していると、拓磨の俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 「真弘先輩、そろそろ始めるっすよー」
 「お、おぅ。・・・おい、珠紀。今から、お前に、すんげーもん、見せてやる。
 もし気に入ったら・・・。気に入ったらだぞ。花火が終った後、俺のために時間を空けてくれねーか?
 その・・・せっかく、綺麗な格好してるんだし、そのまま帰っちまうのは、勿体ねーしよ。
 もう少し、一緒にいたい、っつーか。その格好でいるお前を、見ていたいっつーか」
しどろもどろで言い訳じみたことを口にする俺を、珠紀が目をまん丸にしながら見返していた。
周りが暗くて良かった。明るかったら、顔が赤くなってるのがバレて、余計恥ずかしいじゃねーかよ。
 「真弘先輩。もう、始めちゃいますよ」
 「判った、今行く!!それじゃあ、珠紀。約束したからな」
俺は珠紀に、無理矢理約束を取り付けると、慎司の催促の声に従って川岸まで走っていく。
そして、光が漏れないように被せてあった布の下から、カゴを一つ取り出す。
 「珠紀ー!!よーく、見ておけよ。これが、お前が見たかった、ホタルだ!!」
カゴの蓋を開けると、中から一斉にホタルが飛び立つ。
同じように、拓磨も、慎司も、それぞれ手にしたカゴの蓋を開けている。
三つのカゴから飛び立ったホタルたちが、光を放ちながら、水を求めて川に向かう。
それはまるで・・・。
 「天の川みたい」
いつの間にか、俺の傍まで来ていた珠紀が、目を見開いたまま、ホタルの群れに熱い視線を送る。
 「とっても綺麗ですね。ホタルって・・・」
うわ言のようにそう呟くと、心ここにあらずといった感じで、その場に立ち尽くしていた。
珠紀がそのまま、川に向かって歩いて行っちまいそうな気がして、そっと手を握り締める。
暫くそうして、二人でホタルを眺めていた。拓磨の声が邪魔するまでは・・・。
 「あー、二人とも。見せ付けるのも、いい加減にしてくれませんかねー?」
慌てて振り向くと、呆れた声を出していた拓磨の他に、顔を赤くしている慎司、何故か不機嫌な美鶴、
表情の変らない祐一、そして微笑を浮かべているのに目だけが笑っていない大蛇さんが、
俺たちを見守っていた。
 「悪かったよ。花火、やろうぜ!!」
そう言って歩きかけると、繋いだままの珠紀の手が、俺を引き止める。
 「真弘先輩。さっきの約束、忘れないでくださいね」
珠紀が、俺にだけ聞こえるくらい小さな声で、そう呟いた。

完(2010.06.27) 
 
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