「ミルキー・ウェイ」(1)

日曜日。
宇賀谷家の居間では、大蛇さんと慎司を家庭教師にした、受験対策の真っ最中。
横に座っている珠紀は、参考書を広げて数学の問題に頭を抱えている。
向かいに座っている拓磨は、教科書やノートの下に隠したクロスワードパズルに没頭。
俺たちが問題を解いている間、拓磨の横に座っている慎司は、自分の宿題を片付けている。
そして俺はと言うと・・・。
目の前の問題に集中できず、欲しいバイクの絵を、ノートの端に落書きしていた。
 「お茶をお持ちしました。みなさん、そろそろ休憩をされてはいかがですか?」
俺たちが思い思いに机に向かっていると、スッと襖が開き、お盆を手にした美鶴が入ってくる。
 「ナイス・タイミングだぜ、美鶴!!」
持っていたシャーペンを放り投げると、俺は美鶴を大歓迎する。休憩だ、休憩。
 「そうですね。では、珠紀さんと犬戒くんは、休憩にしましょうか」
蔵から持ち出してきた書物を読み耽っていた大蛇さんが、そんな残酷なことを言い出す。
 「えーっ!!何で、珠紀と慎司だけなんだよ。ズルイじゃんか」
 「真面目に勉強してたからですよ。真弘先輩、全然問題、解いてないじゃないですか」
俺の文句に、慎司が尤もなことを言う。
慌てて落書きしていたノートを隠したが、既に手遅れだった。
 「鴉取くんと鬼崎くんは、もう一問できたところで、休憩にして良いですよ」
 「くそー。こうなったら、共同戦線だ。拓磨、今解いてる問題、読んでみろ。一緒に解くぞ」
大蛇さんの助け舟に、俺は拓磨に問題を読むよう催促する。
二人で一問ずつよりも、一問を二人で解いた方が早い。
 「あー、問題っすね。えーっと、『綺麗な水辺にしか生息しない・・・』。うわっ、ヤバッ」
俺に促されて読み上げた問題が、クロスワードパズルのヒントだったことに気付いて、
拓磨は慌てて、教科書を広げなおした。
 「あっ、判った。それ、”ホタル”ですよ。拓磨先輩」
周りの空気を読まずに、既に休憩モードに入っている慎司が、
パズルの答えを嬉々として口にする。
 「いや、違うんだ、慎司。答えのマスは4文字もある」
慎司がノッてきたのを良い事に、拓磨は堂々とパズルの雑誌を表に出した。
解答欄を指で示す。
 「じゃあ、”ボウフラ”だろ。水辺にいんのは」
 「それも違いますよ。答えは”カワセミ”です。
 ほら、勉強しないのなら、本当に休憩はなしにしますよ」
大蛇さんは、俺の答えをあっさり否定すると、拓磨の手から雑誌を取り上げた。
 「・・・私、ホタルって、見たことないなぁ」
それまで会話に参加していなかった珠紀が、ボソッと呟くようにそう言い出す。
それをきっかけに、全員が休憩モードに突入した。
 「なんだお前、見たことないのかよ、ホタル」
 「真弘先輩はあるんですか?」
興味津々という顔で、珠紀が聞き返してくる。
ただの虫だと思うけど、見たことがないと、そんな反応になるもんなのか?
 「あぁ、昔は河原へ行けば、よく見かけたぜ。なぁ、拓磨」
 「そうっすね。子供の頃、真弘先輩や祐一先輩と一緒に、何度か見に行ったな」
 「僕も、一度だけ連れて行ってもらったのを、覚えてますよ。まだ、季封村にいた頃に・・・。
 確か、周りが暗かったから、足場が悪いのに気付かなくて、真弘先輩が川に落ちてました」
 「んなことばっか、覚えてんじゃねーよ、慎司!!」
ったく、くだらないこと、覚えてやがってよ。
ムカついたんで、慎司に向かって、消しゴムを投げ付けてやった。
 「私も見てみたいなぁ。もう、いないんですか?」
 「そういや、最近見てねーな。季封村には、もういなくなっちまったのかも」
俺の返事に、珠紀が残念そうな顔をする。
 「いいえ、まだいますよ。河原の辺りでは難しいですが、上流の方まで行けば、確かまだ・・・。
 ただ、足場の悪い場所を通る必要があるので、珠紀さんが行くには難しいかも知れませんね」
そんな場所があったのか!!
季封村の中に、まだ俺の知らない場所があることに、少しばかり驚いた。
足場が悪いってことは、人があまり踏み入ってないってことだよな。
一度、行ってみるか。拓磨や慎司を伴って・・・。
そう思って顔を上げた俺は、露骨に嫌な顔をしている拓磨と目を合わせる。
 「俺、嫌っすよ」
 「僕も、何か嫌な予感がします」
拓磨の横で、不安そうな顔をしている慎司も、そう言って首を横に振った。
 「くそっ、何だよ。俺は、まだ何も言ってねーだろ!!
 来週、祐一が久し振りに帰ってくるから、河原で花火でもしてーなーとか、
 そんなこと考えてただけだっつーの」
二人の拒否反応に、俺は咄嗟に思い付いた言い訳を口にする。
んだよ。少しくらい、協力してくれたって良いだろ。珠紀の喜ぶ顔が、見たいだけなんだからよ。
 「河原で花火ですか。それは良いですね。じゃあ、その前に準備が必要でしょう。
 後で私の所へいらっしゃい。良いものを差し上げますから」
大蛇さんが、何か含みのある言い方をして、微笑んだ。
 
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