「手紙」(1)

放課後。祐一に借りていたノートを返し忘れていたことに気付いた俺は、
あいつが居そうな図書室に行ってみることにした。
 「・・・祐一先輩」
図書室の前まで来ると、中から聞き覚えのある声が聞こえた気がして、慌てて足を止めた。
扉を細く開けて中の様子を伺うと、予想通り、祐一の傍に珠紀が立っている。
 「どうした、珠紀。言いたいことがあるのなら、俺に遠慮することはない。・・・真弘のことか?」
 「いえっ、違います!! あの、これ・・・、読んで欲しくて・・・」
そう言って、珠紀は鞄の中から封筒を取り出すと、祐一に手渡そうとする。
なんだ、あれ。手紙か?・・・まさか、ラブレターとかじゃないだろうな!!
俺はその真意を確かめるために、図書室に乗り込んでやろうとしたが、
その前に発した祐一の声がそれを思い留まらせる。
 「・・・すまない。そういうものは、受け取れない」
 「そ、そうですよね。良いんです、気にしないでください。
 祐一先輩も、そうかな、とは思っていたんですけど。あの・・・、ごめんなさい。
 今の、忘れてくださいね。私、これで・・・失礼します」
そう言って頭を下げると、真っ赤な顔をした珠紀が、扉に向かって足早に駆けてくる。
俺は、二人に見付からないように、慌ててその場を離れることにした。
何処をどう走ってきたのかは覚えていないが、気付いときには屋上に居た。
いつもの場所。出入り口の屋根の上に寝そべって、さっき見た光景を反芻してみる。
珠紀が祐一に手渡そうとしていた手紙。あれにはいったい、何が書かれていたんだろう。
珠紀のやつ・・・、本当は祐一のことが好きなのか?
祐一は受け入れたりはしなかったけど、それだって、親友の俺に気を遣っただけだ。
でも、それは本心なんかじゃない。
あいつが珠紀に対して、特別な感情を持っていることくらい、俺にだって判る。
 「・・・俺は、どうしたら良いんだろうな」
珠紀の幸せを望むのなら、俺が身を引いてやれば済むだけの話なんだろうけどな。
そんな風に簡単に割り切れるほど、俺は大人にはなれねーよ。
 「真弘先輩。まだ、帰らないんですか?」
グルグルと答えの出ない悩みに沈み込んでいると、屋根の下から珠紀の声が聞こえてきた。
慌てて起き上がって下を覗くと、のほほんっとした顔の珠紀が、こちらを見上げている。
 「珠紀・・・お前・・・」
さっき見た光景がまるで嘘のように、いつもと変らない珠紀が、そこにいた。
 「どうかしたんですか?」
言葉をなくしている俺に、珠紀が不思議そうに聞く。
なんだかそれが、無性に腹が立って、つい声を荒げてしまった。
 「どうかした、じゃねーよ!! お前、俺に何か、言うことがあんじゃねーのか?」
 「えっ? 言うこと・・・ですか? んーっと・・・。あっ、そっか。お待たせして、すみません。
 でも、真弘先輩だって、今までに遅くなることくらい、あったじゃないですか。
 なんで今日に限って、そんなに怒ってるんです?」
拗ねたような口調で、珠紀が答える。
こんなやり取りも、いつもと同じ。いったい、何を考えてるんだよ。
祐一に想いを伝えようとしていたくせに、それでも俺には嘘を吐き通すつもりなのか・・・。
 「そんなことが聞きたいんじゃねー!!俺が聞きたいのは、お前の本当の気持ちだよ。
 さっき祐一に渡そうとしてただろう。いったいお前、あの手紙に何て書いたんだ? 教えろよ!!」
 「手紙・・・って・・・。真弘先輩、さっきのあれ、見てたんですか?」
俺の言葉に、珠紀の顔が、見る見る真っ赤になっていく。
その顔が、さっき図書室から駆け出してきたときと同じように見えて、心臓が音を立てて跳ね上がった。
 
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