「シンデレラ」(2)

控え室として借りた教室は、衣装や小物を並べるために、机がすべて端に寄せられていた。
その中の一つに、真弘先輩は黙って腰掛けている。
私は、真弘先輩のいる場所から一番離れたところに置いてある椅子を、わざと選んで座った。
傍に立っているのは辛すぎるから・・・。
真弘先輩は、自分より背の高い女は嫌いだと、はっきりそう言った。
売り言葉に買い言葉。咄嗟に口に出してしまった言葉なのだろう。
けれど、普段から背が低いことを気にしている真弘先輩。
もしかしたら、ずっと言いたくて、言えなかった言葉なのかも知れない。
ハイヒールなんて履いていなくても、真弘先輩より背の高い私なんて、
初めから好きではなかったんだ。
ただ、私がいつも先輩に着いて歩いていたから、嫌だと言えなかっただけ。
そんな思いが頭を巡り、私は溢れる涙を止めることができなかった。
 「何で更に泣いてんだよ。いー加減、泣き止めって」
 「だって、真弘先輩・・・私のこと・・・嫌いって・・・」
 「誰も、言ってねーだろ、んなことはよー」
嗚咽交じりにそう言う私に、真弘先輩は軽く息を吐き出すと、否定の言葉を口にする。
嘘。いくら否定されても、さっき聞いてしまった言葉を、忘れることなんてできない。
 「言ったじゃないですか。自分より背の高い女・・・嫌いだって・・・。
 私、先輩よりも、高・・・」
 「うっせーなー。良いんだよ、お前は。・・・俺にとっては、特別なんだから」
 「特別って・・・、何がですか?」
私が、玉依姫だから?
真弘先輩が、姫を守ることを義務付けられた守護者だから・・・。
だから、私は特別なんですか?
言葉にして答えを聞いてしまうのが怖い質問を、心の中で繰り返す。
 「特別なもんは、特別なんだよ!!
 だいたい、好きな女、特別じゃないやつなんて、いねーだろー、普通」
真弘先輩は、そう言いながら、無造作に髪を掻き回す。
 「好きだから・・・特別? 私が・・・?」
 「あったりまえだろ。俺が好きなのは、お前だけなんだからな。
 背の高さなんか、いちいち気にしてられっか。
 だからお前も、んなことくらいで、俺から逃げてんじゃねーよ」
 「真弘先輩!!」
私は、真弘先輩目掛けて駆け出していた。
真弘先輩が、私を好きだと言ってくれたことが嬉しくて・・・。
自分のコンプレックスすらも気にしないほどに、私を特別だと思ってくれていた。
私は何を恐れていたのだろう。
 「うわっ、珠紀、バカ!! ったく、危ねーだろーが」
離れている距離がもどかしくて、今すぐにでも真弘先輩を傍に感じたい。
駆け出した勢いのままに抱きつくと、真弘先輩は驚きの声を上げながら、
それでも私を受け止めてくれた。
真弘先輩が座っていた机が、ガタガタと音を立てる。
 「私も、真弘先輩が、好き」
 「知ってる。・・・でも、お前はそれで、良いのか?」
 「うん。真弘先輩が良いの」
真弘先輩の胸の中に顔を埋めるようにして、私は小さな声で答える。
 「そっか」
安堵の色を乗せた声でそう呟くと、私を抱きしめる腕に力を入れた。
暫くそうしてお互いを確かめ合った後、真弘先輩は私を腕の中から解放する。
そして、まるで照れ隠しのように、急におどけた調子で話し始めた。
 「まぁ、見てろって。俺はお前より、でっかくなる予定だからな。
 すぐにその身長も抜かしてやるよ。何せ、去年に比べたら 0.5cm も伸びたんだぜ」
 「・・・私も、1cm は伸びました」
 「だから、うるせーっつーの。良いから、俺様の成長期に期待して待ってろって」
そう言って笑ったかと思うと、私と目が合った途端、顔が赤くなった。
それから、もう一度私の腕を引くと、ゆっくり顔を近づける。
 「春日さん、着替え、もう終わった?」
その時、勢い良く教室のドアが開けられた。立っていたのは、演劇部の部長。
真弘先輩と私は、慌てて離れたけれど、どうやら間に合わなかったみたい。
 「うわっ、ごめん!!見てない、何にも見てないよ。
 まさかこんなところで舞台の続きをやってるとは思わなかったから!!
 ど、どうぞ、ごゆっくりー!!」
一人で慌しく騒いだ後、入ってきたときと同じ勢いのまま、教室を飛び出して行った。
 「ったく、舞台の続きなんかじゃねーよ。現実なんだからな、これは。
 そう簡単に終わりがきてたまるか」
真弘先輩は溜め息交じりにそれだけ言うと、再び顔を近づける。
そして私は、そっと目を閉じた。

完(2010.04.25) 
 
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