「シンデレラ」(1)

演劇部の発表会に、急な代役で参加することになってしまった。
それも、お姫様役という物語の主役に大抜擢。
演劇部の部長から代役を頼まれて台本を手にしたのが、なんと発表会の一週間前。
 「無謀にもほどがある」
守護者のみんなには、そう言って呆れられてしまったけれど・・・。
困っている人が私を頼ってくれているのに、そんな無碍に断ったりなんてできないよ。
そしてこの一週間、暇そうな守護者を見つけては、台詞の練習に付き合ってもらっていた。
そのお陰で、演劇部の発表会も大成功のもと、無事終了。
緊張はしたけれど、台詞を忘れることもなく、何とか最後まで演じることができたし、
まずまずの出来だったと思う。
 「お疲れ様でした」
舞台を降りた私は、一緒に劇に出ていた部員や、裏方で動いてくれていた部員のみんなに挨拶をすると、
衣装を着替えるために、控え室として借りている教室へ戻ることにする。
 「よぉ、お疲れ。どうなることかと思ったけど、結構立派にお姫様、してたじゃねーか」
舞台の袖にある出入り口から体育館を出ると、真弘先輩が待っていてくれた。
 「見ててくれたんですか?」
 「あったりまえだろー。お前がドジ踏むんじゃねーかって、気がきじゃ・・・なかったから・・・」
見ていてくれたことが嬉しくて、思わず駆け寄った私に、真弘先輩は言葉を途切れさせながら、
唖然とした表情を浮かべる。
 「・・・どうかしたんですか?」
 「お前・・・身長、伸びてないか?」
 「あれ?・・・そう言えば、真弘先輩、少し縮みました?何だか、視界が違う気が・・・」
言われて始めて気が付いた。
どうりで走り辛いと思ったら、ドレスの丈に合わせるために、ハイヒールを履いていたんだっけ。
真弘先輩は、私の言葉にムッとした顔をすると、怒鳴り返してくる。
 「縮んでねー!!くそっ、それ以上近寄るな。俺は、自分より背の高い女は、嫌いなんだよ!!」
 「・・・・・!!」
・・・嫌・・・い? 今、真弘先輩、そう言ったの?
真弘先輩の言葉に耳を疑っていると、しまった、とい顔をしている先輩と目が合った。
 「いや、違う。今のは・・・」
 「聞きたくない!! 真弘先輩のバカ!!」
何か言い訳を口にしようとしている真弘先輩に、私は履いていた靴を投げつける。
 「いってーな!!先輩に向かって、バカとはなんだ、バカとは。少しは、人の話を聞けって」
 「嫌!! 真弘先輩なんて、知らない!!」
そう言って、もう片方の靴も投げつける。
裸足のまま、私は教室へ向かって走り出していた。
まるで、真弘先輩の傍から逃げだすみたいに・・・。
 「おい、珠紀、靴!! ったく、シンデレラだって、片方は履いてたんだぞ!!」
知らない、知らない。どうせ、背の高い私なんて、嫌いなんでしょ!!
後ろから聞こえてくる真弘先輩の言葉に耳を塞ぐと、私は涙を堪えながら走り続けた。
ドレスの裾を気にして走っていた私は、教室の手前で、真弘先輩に追いつかれてしまう。
 「ったく、靴ぐらい、ちゃんと履いて行け。怪我すんだろ」
呆れた声で言う真弘先輩は、私に着いて教室の中へ入ってこようとする。
 「もぉ、着替えるんだから、出て行ってください!!」
 「あ? あぁ、わりぃ」
すぐに着替る気分にはなれなかったけれど、そう言って、真弘先輩を教室の外へと追い出す。
だって、真弘先輩の横に立つのは、やっぱり辛い。
 「おい、靴は?」
廊下に追いやられた真弘先輩が、ドアの向こうから声を掛けてくる。
 「いりません!!」
感情に任せて言葉を返す私に、頭の片隅に残る冷静な私が止めに入る。
 「・・・やっぱり、返してください。それ、借り物なんです」
急な代役だったので、衣装から小物まで、すべて演劇部員からの借り物。
無責任な扱いをするわけにはいかない。
細くドアを開けると、そう言って、真弘先輩から靴を返してもらう。
 「その衣装、すぐに着替えないとダメか?」
 「・・・どうして・・・ですか?」
 「もう少しだけ、傍にいさせてくれ。・・・せめて、お前が泣き止むまでの間だけでもよ」
・・・ずるい。そんな風に言われたら、ダメだなんて言えない。
私は無言のまま、ドアを大きく開けて、真弘先輩を教室の中へと招きいれた。
 
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