「不安」(2)

祐一の幻術は、すぐに解かれた。
祐一の背中に隠れることを止めた珠紀は、どうやらそれに気付いていない様子。
本棚の影に隠れるようにして立つと、俺はその場で気配を消した。
俺が抱えている不安。珠紀が、俺のことをどう思っているのか・・・。
いつか俺から遠ざかってしまうのかもしれない。
そんな不安を拭い去るためにも、俺は珠紀の本心が知りたかった。
 「お前が男子と話しをするたび、機嫌が悪くなる真弘に・・・。
 お前はいつも不安になるんだな?」
 「・・・えっ?」
ゆっくりと語りかける祐一の言葉に、珠紀は意外そうな声を出し、
曇らせた表情のまま俯いていた顔を上げる。
実際、俺も声を上げそうになって、慌てて口を塞いでいた。
珠紀が、不安に思っている? 俺が機嫌を悪くすることでか? 怒るとかじゃなく?
祐一の言葉に疑問を投げかけたい気持ちを押さえて、俺は珠紀の返事を待つ。
珠紀は、少しだけ躊躇ったあと、自らが抱えている不安を漏らし始める。
 「真弘先輩は、いつもこうなんです。
 ・・・自分だって【女の子ウォッチング】するくせに、私が男子と話すと真弘先輩はいつも怒って。
 私が好きなのは真弘先輩だけなのに・・・。
 ・・・だから先輩に怒られるたびに不安になるんです。
 私の気持ちって軽く見られてるのかなって、私のことを信じてもらえてないのかなって・・・。
 祐一先輩。・・・私ってそんなにも軽い女に見えますか?そんなにも信用なさそうに見えますか?」
泣きそうになるのを必死に堪えながら、珠紀はポツリポツリと、本音を吐き出していた。
そんな珠紀を、祐一が慰めるように頭を撫でる。
それを見た俺は・・・。もう、怒る気にはなれなかった。
 「お前が不安になるのも、無理はない。これは、確実に、真弘が悪い。
 お前をこうして不安にさせ続けた真弘に、今この場で詫びてもらうとしよう。
 ・・・何か異論はあるか、真弘」
 「・・・ねぇよ」
祐一の問いかけに、俺は隠れていた本棚の影から姿を現した。
突然現れた俺に、珠紀の涙を溜めた瞳が大きくなる。
 「い、いつからですか?祐一先輩、いつから、幻術・・・」
驚いて慌てている珠紀は、俺がいつから聞いていたのかと、祐一に問い質す。
俺が最初から聞いていたことを知った珠紀は、顔を赤くすると、また俯いてしまった。
 「俺がしてやれるのはここまでだ。後は、お前がどうにかしろ」
 「世話かけちまって悪かった」
図書室を後にする祐一に、俺は謝罪の言葉で見送った。
 「珠紀も・・・。悪かったな」
 「ううん。私も・・・ごめんなさい。さっきは・・・その・・・言い過ぎたっていうか・・・」
俯いたままの珠紀は、消え入りそうな声で、そう言った。
俺は、珠紀の目の前に立つと、さっき祐一がやったように、頭を撫でてやる。
そして、そのまま髪がグチャグチャになるまで、掻き回した。
 「ちょ、ちょっと、真弘先輩!! 何するんですか!!」
珠紀は怒った声で抗議すると、顔を上げる。
 「よし、やっと顔を上げたな。お前はそうやって、ちゃんと前を向いてろ。んで、そのまま俺を見てろ」
『俺だけを』。 そう、心の中で付け加える。
 「・・・お前を、不安にさせてたんだな、俺も。ずっと、俺だけがそうなんだ、って思ってた。
 だからこれからは、俺もちゃんとお前を見る。今までも、ずっとそうしてるつもりだったんだけどな。
 けど、全然見えてなかった、ホントはよ」
 「真弘先輩も・・・不安だったんですか?」
 「信じてないのか、って、お前言ってたよな。それは、当たってるよ。
 ただ、信じてないのは、お前のことじゃない。俺自身のことだ。
 いつか、俺がお前に、何か嫌われるようなこと、しちまうんじゃないか、
 愛想つかされるんじゃないか、ってな。だから、お前が他のヤローと一緒にいるのを見ると、
 比べられちまうんじゃないか・・・って、不安になる。自信がねーんだな、自分によ」
情けねーよな。自嘲気味に嗤う俺に、珠紀は思い切り首を横に振ると、俺の言葉を否定する。
 「・・・そんなこと、あるわけないじゃないですか。だって私、真弘先輩じゃなきゃ、嫌なんですよ。
 誰といても、何をしてても、真弘先輩が一緒だったら・・・って、いつも思ってるんです。
 他の人のところへなんて、行きたくない。私、真弘先輩のことが大好きなの!!」
言葉そのものに力があるかのように、珠紀の想いが、そのまま俺の心に響く。
俺の抱えていた不安は、跡形もなく消え去り、心の何処にも残っていなかった。
 「・・・そういうときは、抱きしめて、口付けの一つもしてやるのが、男の務めじゃないのか?」
そのとき、他には誰もいないこの場所に、第三の声が聞こえてきた。
さっき、確かに見送ったはずの、祐一の声。
 「祐一、貴様!! 幻影使って、覗いていやがったな!!」
 「どうしよう、真弘先輩。私の告白、聞かれちゃったよ」
恥ずかしそうに小さく呟く珠紀を、今度は俺の背中に隠す。
そんな俺や珠紀を眺めて、祐一は静かに微笑んでいた。

完(2010.03.27) 
 
 ☆ このお話は、「三等星」の管理人 秋羽 仁 様とのコラボ作品として完成しました。
   心より感謝致します。 あさき
 
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