「不安」(1)

放課後は、俺が珠紀の教室まで、迎えに行くことにしている。
三年の授業なんて受験対策ばっかりで、殆ど自習みたいなもんだからな。
先に終っちまう俺が、誰もいない教室でボケッと待っているより、
珠紀の教室の前にいた方が、さっさと帰れるってもんだろ。
まぁ、早く逢いたいから・・・ってのもあるけどな。
でも、今日に限って担任に捕まっちまった。
 「いくら受験に関係がないからって、少しは周りに気を遣え!!」
よく判らない理由で説教を喰らった俺は、確かに虫の居所が悪かった、ってのは認める。
でもよ、それとこれとは別もんだろ。
二年生の教室まで来た俺は、廊下に立っている珠紀を見つけた。
遅れちまった俺を待っていたらしく、すでに帰り支度は済んでいる。
そんな珠紀のそばに、クラスメイトらしい男子生徒が一人。
珠紀のやつ、俺を待っている間、ずっとそいつと一緒だったってことかよ。
いや、そんなことより・・・。あいつ、誰にでも、あんな風に笑うのか?
知ってるさ。珠紀が他の守護者の連中にも、同じように笑いかけてる、ってことくらい。
でも、あいつらは珠紀にとって、家族みたいなもんなんだ。そう、何度も自分に言い聞かせた。
いつか、珠紀の心が俺から離れて、あいつらのところへ行っちまうんじゃないか、って、
そんな不安を、『家族』って言葉で、ずっと誤魔化してきたんだ。
だけど、今、珠紀の目の前に立ってるヤローは、そんな括りには当てはまらない。
俺から珠紀を奪おうとするやつは、守護者以外にもいる・・・ってことか。
 「あっ、真弘先輩」
教室の手前で立ち尽くしていた俺に、気付いた珠紀が、笑顔で手を振った。
目の前にいるヤローに向けていた、同じ笑顔で・・・。
 「他のヤローに、色目なんか使ってんじゃねー!!」
判ってる。これはただの、八つ当たりだ。虫の居所が悪かっただけ。
行き成り怒鳴られた珠紀は、一瞬キョトンとした表情をし、すぐにムッと不機嫌な顔になる。
 「何、言ってるんです、真弘先輩!!
 私、色目なんて使ってないし、どうやったらそんな風に取れるんですか?」
その後は売り言葉に買い言葉。お互い、思ってもいない言葉の応酬を続ける。
 「だから、ムカツクんだよ、お前!!」
最後に言った俺の言葉に、顔を強張らせると、まるで耐え切れなくなったかのように、
珠紀はその場から逃げ出した。
冷静になった俺が周囲を見回すと、他の教室にいた生徒達も、遠巻きに俺たちを見ていたらしい。
確かに、逃げ出したくなる気持ちも、判るよな。
 「くそっ、見世物じゃねーぞ」
俺は周囲を睨みつけ、それだけを口にすると、珠紀の走り去った方向へ歩き出す。
ったく、珠紀のやつ。俺の傍から離れるなんて、絶対に許してやらねーからな。
珠紀の向かった先には・・・。図書室がある。ってことは、祐一のところか。
珠紀が逃げ込む先を思案した俺は、心当たりに向かうことにする。
図書室のドアを力任せに開けると、祐一の傍に立っている珠紀を見つけることができた。
 「おい、珠紀!!話の途中で逃げてんじゃねぇよ!!」
 「逃げてません!! だって、真弘先輩、私のことムカツクんでしょ。
 だったら、追い駆けてこなきゃ良いじゃないですか!!」
祐一の背中に逃げ込んだ珠紀は、俺に向かって言い返してくる。
だから、なんでそうなるんだよ!! 俺が何で怒っているのか、こいつは少しも理解してない。
他の男のところへ逃げ込まなきゃならないほど、そんなに頼りないのか?お前にとっての、俺はよ。
 「落ち着け、真弘」
 「うっせーぞ、祐一。さっさと珠紀を、こっちに渡せ」
祐一の背中から、すぐにでも珠紀を引き離したい衝動に駆られる。
俺たちの中を取り成そうと口を開いた祐一にも、俺は当り散らしていた。
そんな俺の焦りに気付かない振りをしているのか、祐一はいつもの無表情で、切り替えしてくる。
 「真弘、俺はまだ珠紀の相談承り中だ。
 ここでおまえに邪魔をされ、ますます珠紀の機嫌を損ねてしまうのは、俺も不本意。
 ・・・だから一度出直せ」
 「そうですよ!私は祐一先輩と人生の語らいをしてるんですから、邪魔しないでください!!」
こっちは完全に俺の気持ちなんか気付いていない珠紀が、祐一の言葉に加勢する。
そうかよ!! 二人してそうやって、俺をバカにするんだな!!
こうなったら、実力行使だ。無理矢理にでも、引き離してやる!!
そんな俺の気配に気付いたのか、祐一が一瞬俺の気を逸らす。
 「では、またな」
そう言葉を残し、珠紀と一緒に、俺の目の前から姿を消した。
祐一のやつ、幻術を使いやがったんだ。
消えた二人を探すように、辺りを見回してみたが、祐一の幻術は完璧だ。
姿どころか、気配すら追えない。
成す術もないと諦めた俺は、本棚の方へと歩き出す。祐一の言葉に従って・・・。
 「そこで静かに見ていろ。お前が抱えている不安を、少しでも解消したいと思うならな」
消える瞬間、あいつは俺にそう言った。
 
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