「ステップ・アップ」(2)

真弘先輩の部屋で、足の手当てをしてもらう。
自分でやるから、と言ったのだけれど、俺の方が絶対に上手い、と言って聞いてくれなかった。
 「真弘先輩は、細かい作業とか、向いてなさそうなのに・・・」
手当てとはいえ、男の人に足を触られているのは、何となく気恥ずかしい。
いたたまれない気持ちを隠すように、私は真弘先輩に話し掛ける。
 「ばーか、俺様に出来ないことなんて、ねーんだよ。
 それに、怪我の数なら、誰にも負けない!!」
 「それ、自慢になりませんよ。でも・・・。真弘先輩は腕白少年っぽいから、
 子供の頃から近所の子供達と一緒に走り回ってそうですよね。
 怪我が絶えないって、そんな感じです」
 「あ?あぁ、そっか。いや、そっちのは、怪我のうちには入んねーんだ。俺たちにとってはよ。
 お前が来る前から、鬼斬丸の影響は出始めてただろ。祟神との遭遇も、多くなってたからな。
 お陰で、あちこち怪我だらけだった、って話だ」
守護者の異形の力。軽い怪我なら、すぐに治ってしまう特別な力。
子供の頃の先輩を想像しながら軽い気持ちで口にした私の言葉を、
真弘先輩は、包帯を巻く手を休めずに、何でもないことのように返す。
 「ほら、できたぞ」
 「あ、ありがとうございます」
何を言って良いのか判らなくなって、とりあえずは感謝の意を唱えると、
慌ててベッドの下へと足を下ろす。
 「お礼は、態度で示せ」
真弘先輩はそう言うと、そっと顔を近づけてくる。
自分から催促するのは、お礼とは言わないんですよ、先輩。
心の中で悪態を吐いてみるけれど、別に嫌ではないので、そのまま目を閉じる。
 「ん・・・」
いつもの触れるだけのキスだと思っていたのに、今日はなかなか離れてくれない。
いつもと違う。少し、強引な口付け。嫌じゃないけど、何だか怖い。
そう思って、真弘先輩の服を右手でギュッと掴む。
すると、体重を支えていたはずの左手を、真弘先輩にあっさりと外されてしまう。
そのまま後ろへと押し倒される。
えっ、何、これ? ちょっと待って。 いったい、何が起きてるの?
 「珠紀・・・」
ようやくキスから解放されると、真弘先輩の唇は、そのまま首筋へと降りていく。
真弘先輩の唇が首筋に触れた瞬間、私の身体にゾクリと震えが走る。 怖い!!
 「嫌!!真弘先輩、こんなの、嫌だ!!」
ギュっと目を瞑ったまま、口から出てきたのは拒絶の言葉。
その言葉を聞いた途端、弾かれたように、真弘先輩が私から離れる。
 「あ・・・、俺・・・。いったい、何を・・・・。わりぃ、ホント、ごめん!!
 何やってんだ、俺・・・。なんで、こんなこと・・・。あー、くそ!! 獣か、俺は」
床の上に、私に背を向けたまま、真弘先輩は座り込む。
無造作に髪をかき回しながら、何度も、謝罪の言葉を繰り返していた。
跳ね上がった心臓をどうにか落ち着かせると、押し倒された身体を何とか起こす。
真弘先輩の唇が触れた首筋が、熱を佩びているような気がして、そっと手で触れてみる。
そのとき、デコルテ部分が大きめにカットされている、自分のワンピースが目に留まった。
この服を着たとき、真弘先輩が一緒だから大丈夫。私はそう思っていた。
何が大丈夫だと思ったの?
こんな風になったとしても、相手が真弘先輩だったら、きっと許せる。
そう思ったからでは、なかったの?
私はもう一度、自分の心と向き合ってみた。私は、どうしたいの?
その答えを伝えるために、背中を向けたまま落ち込んでいる真弘先輩の、
その背中に抱き付いた。
ピクリと身体を震わせた真弘先輩は、そのままガックリと頭を下げる。
 「お前さ。俺が、どんな思いで、こうしてると・・・」
 「うん、ごめんなさい。真弘先輩が・・・嫌だったんじゃないの。
 ただ、すごく怖くて、その・・・。まだ、勇気ができないんです。
 だから、もう少しだけ待っていて欲しい。それでは、ダメ・・・ですか?」
 「バーカ。ダメなわけねーだろ。待っててやる。俺だって、お前以外は、嫌なんだからよ。
 ・・・なぁ、俺はお前を、傷付けちまったわけじゃ、ねーよな?」
私の思いを受け取ってくれた真弘先輩は、初めはいつもの口調で話していたのに、
急にトーンを押さえた真剣な声音で尋ねてくる。
 「それは大丈夫です。怖かったけど、真弘先輩とだったら、・・・良いですよ。
 ・・・・今じゃないですけど」
 「わざわざ、念を押すな」
口にした言葉とは異なり、真弘先輩の口調には安堵の気持ちが篭っていた。
そして急に立ち上がったと思うと、気分を変えるように、軽く頭を振る。
 「部屋に二人っきりでいるから、変な気を起こすんだよな。
 天気も良いし、出かけるぞ!! あっ、でも、お前足を痛めてるんだっけ。
 家へ送って行った方が良いか」
 「足はもう平気です。ゆっくり歩くだけなら全然。だからもう少し、一緒にいてください」
 「・・・お前、俺を煽ってるつもりか、それ? 無意識だとしたら、絶対怖いぞ。
 それから、覚悟ができるまで、そういう服はもう着るな!! 他の連中が一緒のときは尚更だ」
そう文句を言いながら、床に転がっていた麦藁帽子を頭に被せてくれた。
当初の目的は達成できなかったけれど、待ち合わせデートの続きをするために、
私は真弘先輩と一緒に青空の下へと出かけることにする。
私たちにはまだ、この方が似合っていますよね、きっと。
それから家に帰った私は、着ていたいワンピースを、箪笥の奥へと片付ける。
覚悟ができる、その日がくるまで・・・。

完(2010.03.22) 
 
 ☆ このお話は、ことは 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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