「ステップ・アップ」(1)

ついてない。
さっきまでは、ウキウキの気分で歩いていたのに・・・。
ついてない原因でもある木の上を眺めて、私は何度目かの溜め息を吐く。
今日は、近所の公園で真弘先輩と待ち合わせをしていた。
いつもなら、参道へと続く階段の下で待ち合わせをするのだけれど、
我侭を言って今日だけは変更させてもらった。
漫画やドラマにあるような、『待った?』、『ううん、今来たとこ』ってシチュエーションを、
一度やってみたいと思っていたから・・・。
こういうのを、待ち合わせデート、って言うんだよね。
階段の下では家に近すぎて、完全に迎えに来てもらっている、って感じなんだもん。
せっかくの待ち合わせデートだから、買ったばかりの白いワンピースを着てみた。
夏服仕様のせいか、デコルテ部分がちょっと開きすぎてるような気も、しないでもないけれど・・・。
カーディガンを羽織っているし、真弘先輩が一緒だから、全然問題ないよね。
そう自分を納得させると、同じく買ったばかりの麦藁帽子を被って、いざ待ち合わせ場所へ。
気がつけばスキップでもしそうなほど、軽い気分で歩いていた私は、
待ち合わせ場所の公園に着く少し手前で、被っていた麦藁帽子を風に煽られてしまう。
慌てて押さえたときには遅く、風に飛ばされた帽子は、虚しくも木に引っかかってしまった。
 「もぉ、こんなときに限って・・・」
一応、『今来たとこ』の台詞は私が言いたいと思っていたから、
待ち合わせの時刻よりも早めに着くように、家を出たのだけれど・・・。
簡単に取れなければ、すぐに時間が過ぎてしまう。
木を揺らしてみたり、飛び出している枝にジャンプしてみたり、
試せそうなことはすべてやってみたけれど、帽子が取れるまでにはいたらない。
そして、何度目かのジャンプのとき、私は着地にも失敗してしまった。
履き慣れていないサンダルだったせいか、着地地点で足を捻ってしまい、
そのまま尻餅をつく格好で倒れてしまう。
 「痛っ」
慌てて立ち上がろうとしたけれど、足が痛くてすぐには無理そうだった。
 「待ち合わせ、もぉ、間に合わないね」
腕時計を確認すると、待ち合わせの時刻はとうに過ぎている。
当初の目的だったシチュエーションもムダになってしまったし、
真弘先輩に見てもらいたくて装った白いワンピースも、土で汚れてしまった。
今日は、本当についてない。
 「なーにやってんだ、んなとこに座り込んでよ」
俯いて溜め息を吐いていると、頭上から呆れた声が聞こえる。
慌てて顔を上げると、真弘先輩が、声と同じように呆れた顔で立っていた。
 「お前、泣いてんのか? 何があった?」
あまりにもついていない自分に、情けなくて、少し涙目になっていたらしい。
それを見た真弘先輩は、怖い顔で周囲に意識を向ける。
カミ様にでも意地悪をされたと思ったのかな。
まさか、人に襲われたなんて、あるわけないよね。
 「違うんです、何でもないんです。帽子を取ろうとして、足を捻っちゃって・・・」
 「あ? 帽子?・・・あぁ、あれか。ちょっとそこで待ってろ」
私の目線を追って、木の枝に引っかかった帽子を見つけた真弘先輩は、
さっきまで私が飛び付こうとしていた枝に、軽いジャンプだけで難なくぶら下る。
まるで体重なんてないみたいな軽さで、あっという間に木に登ると、
風で飛ばされた帽子を手に、最後は枝の上からそのまま飛び降りて来た。
 「ほらよ。これだろ」
そう言って、私の頭に、麦藁帽子を被せてくれた。
 「あ・・・ありがとうございます」
 「ったく、んなことなら、さっさと俺を呼びに来れば良かっただろ。
 時間になっても来ねーから、何かあったのかと思って、心配んなるしよ。
 お前ん家の傍なら、距離も限られてるし、誰かしら居るから、ここまで焦ることもねーのに」
怒った口調で、真弘先輩がブツブツと文句を言い始める。
 「ごめんなさい。だって・・・」
真弘先輩を呼びに行ったら、当初の目的だったシチュエーションが、台無しになっちゃう。
それに、ワンピースに麦藁帽子。可愛いって言ってもらえたら、って・・・。
もう、どっちも意味がなくなってしまったけどね。ワンピース、汚れちゃったし。
 「だって、じゃねーよ。で、どうなんだ、足の方は。立てそうなのか? 
 ここからなら、俺ん家の方が近いし、手当てくらいできんだろ。
 ほら、連れてってやるから、手、貸せ」
相変わらず不機嫌そうな言い方だったけれど、私の足を気遣いながら、
優しく身体を支えてくれた。
 
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