「ふわふわ」(3)

翌日、私は自分の部屋で目を覚ます。
あれ?私、いつの間に眠っちゃったんだろう?
昨日の記憶を辿ってみると、真弘先輩の飲み掛けのビールを飲んでしまったところまでしか
思い出すことができなかった。
きちんとパジャマに着替えているから、自力で布団に入れたんだと思うけれど・・・。
何となく不安に思いながらも、とにかく起きることにする。
手早く身支度を済ませて台所へ行くと、美鶴ちゃんが朝食の準備をしてくれていた。
 「おはよう、美鶴ちゃん」
 「おはようございます、珠紀様。ご気分はいかがですか?」
 「ちょっと、咽喉が渇いてる感じ。お水、もらいに来たんだ」
 「すぐに、ご用意いたしますね」
自分でやろうと思ったけれど、私が動くより早く、美鶴ちゃんが準備を始めてくれる。
私はそのまま椅子に座って、美鶴ちゃんが渡してくれた水をいただくことにした。
まるで、二日酔いの人みたいだよね、これって。本物の酔っ払いになった気分だよ。
・・・酔っ払い? なんだろう。 頭の片隅に、その言葉が引っかかった気がする。
昨日、散々『酔っ払い』って言われたような気が・・・。
 「ねぇ、美鶴ちゃん。私、昨日、普通だったよね?」
 「昨日・・・ですか?」
 「うん。実は、ビールを飲んだところまでしか、記憶がなくて・・・。
 いつ布団に入ったとか、パジャマに着替えたとか、そういの、全然覚えてないの。
 あの後、私、どうしてた? 何か変なこととか、してないよね?」
不安な表情をする私に、美鶴ちゃんは更に、複雑な表情を浮かべる。
何かやってしまったのだろうか? 美鶴ちゃんの答えを聞くのが、怖くなってきた。
 「ご安心ください。特に何もありませんでしたよ。
 珠紀様を布団にお連れしたのも、パジャマに着替えさせたのも、私ですから」
 「えっ!!美鶴ちゃんが運んでくれたの?」
私の方が、美鶴ちゃんよりも重いと思う。
女の子に運ばせたなんて、私ってば最悪だ。
 「いえ。運んでくださったのは、鴉鳥さんですけど。でも、私もずっと一緒だったんです。
 それに、パジャマに着替えさせたときには、お部屋には私だけでしたし。
 えぇ、もちろん他には誰もいませんでした。珠紀様の肌を、殿方が見るなんてこと、
 私が絶対に許しません!!」
美鶴ちゃんは、キッパリとそう言い切った。
 「そ、そうなんだ。でも、ありがとね、美鶴ちゃん。
 美鶴ちゃんがいてくれたお陰で、醜態を晒さずにすんだみたい」
 「い、いえ。私の方こそ、つい興奮して・・・」
何故か顔を赤らめた美鶴ちゃんは、飲み終わったコップを手に、流しへと向いてしまった。
そっか、真弘先輩が運んでくれたんだ。
私は台所の椅子に座ったまま、途切れ途切れの記憶を、再び辿ることにした。
縁側に座っていたような気がする。あれは、夢だったのかな。
 「あのね、美鶴ちゃん。私、夢を見たんだよ」
 「夢、ですか?」
私は夢の内容を思い出しながら、ゆっくりと口を開く。
美鶴ちゃんは、朝食の用意を再開しながら、それでも私の言葉に耳を傾けてくれる。
 「うん。真弘先輩と私が、縁側に座ってるの」
 「それは夢ではなく・・・」
 「ううん、夢なんだよ。だって、二人ともおじいちゃんとおばあちゃんなんだもん。
 でね、居間の方から賑やかな声が聞こえてくるの。そこには、みんないるんだよ。
 卓さんも、祐一先輩も、拓磨も、慎司くんも・・・。そして、美鶴ちゃんも」
 「そうですか。私も、その場所にいることができたのですね」
 「もちろんだよ。だって、みんな私の家族なんだもん。
 だからね、すごく、幸せだったの。夢の中の私。にこにこ笑って、楽しそうだった」
 「それはきっと、正夢ですよ。いつか、その夢が現実になる日が来ます。絶対に」
『絶対に』。言霊を紡ぐように真剣な声音に乗せて、美鶴ちゃんはその言葉を口にする。
いつか、この夢の続きが見られると良いね。
本当におじいちゃんとおばあちゃんになったときに。
隣に真弘先輩がいて、みんなが傍にいてくれる、そんな未来が・・・。
いつか、きっと。

完(2010.03.21) 
 
 ☆ このお話は、朋嬢 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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