「ふわふわ」(1)

守護者のみんなが集まっての、賑やかなお夕飯・・・のはずだった。
もうすぐ真弘先輩や祐一先輩が卒業してしまう、という話題から、
普通のお夕飯の席だったはずなのに、何故か卒業祝いへと様変わりしてしまう。
 「めでたい席なんだから、固いこと言うなって」
美鶴ちゃんや私の静止の言葉も聞かず、真弘先輩はそう言うと、
卓さんだけが飲んでいたビールを、祐一先輩や拓磨のコップにも注ぎ始める。
 「もー、なんだかんだ理由を付けて、ただ飲みたいだけなんだもん」
これまでにも、お夕飯の席が宴会になってしまうことが、度々ある。
初雪が降ったとか、私が雪に滑って転んだとか、あまり意味のない理由を思いついては、
真弘先輩がみんなのコップにビールを注ぎ、そのまま宴会へと突入してしまう。
 「まぁ、あまり感心できることではありませんからね。
 でも、ハメを外さない程度には弁えているようですので、大目にみてやってください」
苦笑交じりに、卓さんが弁明する。
確かに、コップ一杯のビールだし、そんなに怒ることではないんだろうけど・・・。
この宴会に何故か、私だけが混ぜてもらえない。
慎司くんや美鶴ちゃんも飲まないけれど、この二人は積極的に飲もうとしないだけ。
私の場合、仲間に入れてもらおうとコップを差し出しても、
 「お前はダメ」
と、真弘先輩にあっさり却下されてしまう。
他のみんなに頼んでも、同じように首を横に振るだけで、相手にすらしてもらえない。
どうして私は飲んじゃダメなの?
玉依姫はお酒を飲んではいけない、って決まりでもあるわけ?
みんなが楽しそうにしているのに・・・。私だけ仲間ハズレなんて、そんなの淋しい。
 「こうなったら、私も飲んじゃうもんね」
隣の席に置き去りになっていたコップを、無造作に取り上げる。
 「ちょっと、トイレ」
と言って席を外した、真弘先輩の飲み掛けのビール。
 「珠紀様、いけません!!」
コップを手にしている私を見咎めた美鶴ちゃんの声を無視して、
私は一息にビールを飲み干した。
 「大丈夫ですか?珠紀先輩」
心配そうな顔で慎司くんが、私に尋ねる。
 「うん、大丈夫だよ。ちょっと苦かったけど、美味しかった」
本当はそんなに美味しいとは思わなかった。でも、また仲間ハズレにされるのは、嫌。
 「嘘つけ。無理してんだろ、どーせ」
拓磨に図星を指された私は、少しムッとした顔をする。
 「そんなことないよ。ビールなんて、全然平気なんだから」
そう言い返すと、転寝をしている祐一先輩の目の前にあった、飲み掛けのコップを奪い取る。
誰かに止められる前に、それも一気に飲み干す。
 「珠紀さん、2杯は飲み過ぎですよ」
卓さんの冷静な声が、何処か遠くから聞こえてくる。
あれ?おかしいな。何だか、目の前がクラクラして、焦点が定まらない。
 「すまない。俺が全部飲んでいれば良かったんだが・・・。
 美鶴。悪いが、珠紀に水を持ってきてやってくれないか」
 「はい、ただいま」
祐一先輩の声に、美鶴ちゃんが台所へと駆け出す。
急に慌て出した周囲に驚いて、私はみんなに声を掛けた。
 「大丈夫です、ホントに。ちょっと急に飲んだせいで、心臓がドキドキ言ってるけど、
 意識はハッキリしてます。驚かせちゃって、ごめんなさい」
何とか笑顔を見せると、みんなも少しホッとした表情を浮かべてくれた。
美鶴ちゃんが持ってきてくれた冷水を飲むと、更に意識はハッキリしてくる。
これなら本当に大丈夫そう。
安心したようにそれぞれの席に落ち着くみんなを見て、あることに気が付いた。
真弘先輩が、傍にいないことに・・・。
そう言えば、席を外したっきり、ずっと戻ってきていない。
何度も辺りを見回して、いないことを確認する。
 「真弘先輩が、いない」
口に出してそう言うと、淋しい気持ちが心を支配する。
何でだろう。感情のコントロールが上手くできない。
さっきまで、宴会に参加できなくて、仲間ハズレにされたような気分で、とても淋しかった。
でも、その感情とは何処か違う。
同じように、淋しいって思っているのに、どうしてこんなにも違うの?
仲間ハズレにされたときは、淋しさの次に怒りが込み上げた。
でも、真弘先輩が傍にいないことは、とても不安で、悲しい気持ちでいっぱいになる。
 「おい、珠紀、どうした? まさかお前、泣き上戸だったのか!!」
拓磨の声に我に帰った私は、慌てて目を拭う。いつの間にか、涙を零していたらしい。
 「私、真弘先輩、探しに行ってくるね」
急に恥ずかしくなった私は、そのまま居間を飛び出した。
 
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