「ライバル宣言」(1)

熱い。身体中が、燃えるように熱い。このまま、溶けて消えちまいそうだ。
誰か、頼む!!お願いだ。誰か、俺を助けてくれ!!
心がそう悲鳴を上げたとき、頭の中に、珠紀の顔が浮かんだ。
俺が、あいつに助けを求める?バカな・・・。それだけは、ダメだ。
あいつは、俺が護るんだ。護るべき相手に、俺が縋ってどうする。
挫けそうになる心を奮い立たせていると、額に何か冷たい物が乗せられた。
気持ちいい。さっきまで燃えていた身体が、少し楽になった気がする。
 「真弘先輩。大丈夫ですか?」
冷たさに惹かれるようにして、俺は薄っすらと目を開ける。
目の前に、心配そうに覗き込んでいる珠紀の顔があった。
 「珠・・・紀?」
掠れた声で名前を呼ぶと、目の前にある珠紀の顔が、安心したように微笑む。
これは、さっきの夢の続きか?
 「目を覚ましたんですね。良かった」
 「俺・・・どうして? ここは?」
 「ここは客間です。いつも、真弘先輩が使っている・・・。
 覚えてませんか?急に熱を出して、倒れちゃったんですよ」
珠紀の言葉に、周囲を見回してみる。
見覚えのある風景に、俺は少しホッとしていた。
どうやら、夢の続きではないらしい。
 「昨日よりは大分下がりましたけど、今もまだ随分熱があるんですよ。
 何か、欲しい物とか、ありませんか?」
 「水が・・・飲みたい」
珠紀の問いに、一瞬考えを巡らせ、今一番欲しい物を口にする。
とにかく、身体が熱くて仕方ない。
咽喉も、焼けるように熱くて、カラカラに渇いている。
 「お水ですね。判りました。ちょっと吸い飲みを探してきます。
 コップでは用意してあったんですけど、起きるの、辛いですもんね」
ちょっと待っていてください・・・そう言って立ち上がりかける珠紀の腕を、
俺は力の入らない手で掴む。
 「真弘先輩?」
 「コップの水があるなら、それで良い。お前が口移しで、俺に飲ませろ」
 「えっ!!ま・・・真弘先輩、それって・・・」
俺の言葉に、珠紀が真っ赤な顔で狼狽える。
良いじゃねーか、それくらい・・・。病人なんだし、俺はお前の、彼氏なんだからよ。
 「真弘のうわ言など、気にすることはない。熱に浮かされているだけだ。
 それとも、俺が口移しで飲ませてやろうか」
俺の願いが、珠紀に聞き入れられる前に、第三の声が響く。
お前、いつからそこに居た!!
さっき、部屋を見回した時には、まるで気付かなかったが、
珠紀の後ろに、祐一が座っていた。
 「嫌だ!!それだけは、絶対に、やめろ!!おぞましい」
何が悲しくて、ヤローの口移しの水なんか、飲まなきゃなんねーんだよ。
俺の悲惨な訴えに、珠紀は苦笑いを浮かべて、部屋を出て行った。
 「俺は邪魔をしたのか?何か、怒っているようだか」
 「うるせー!!それより、祐一。お前こそ、ここで何してんだよ」
病人の傍にいるんだから、見舞いだってことくらい判ってるけど・・・。
珠紀への暴走発言を聞かれた、っていう恥ずかしさが、どうしても拭いきれずに、
つい、八つ当たりしちまった。
 「お前が、熱を出して倒れたって聞いてな。珍しいから、見に来た」
ちぇっ、見学かよ。
 「本当に珍しい。・・・何か、あったのか?」
さっきまでの揶揄う声色が消え、祐一の声にはどこか真剣さが含まれていた。
 「いや、俺も・・・あんま覚えてねーんだ、実のところはよ。
 俺、どれくらい寝てた?」
 「今日で丸二日。一昨日の晩、宇賀谷家の居間で倒れていた・・・と、
 珠紀から聞いている」
一昨日の晩。宇賀谷家の居間。・・・俺、そこで何してたんだっけ?
あっ、段々嫌なこと、思い出してきたぞ。
夕飯の後、何か甘いものが食いたい、って話になったんだよな。
で、鞄の中に入れっぱなしだった、美鶴のチョコレートを見つけてよ。
珠紀がお茶を入れに行ってる間に、一欠けら食った。
・・・覚えているのは、そこまでだ。
美鶴のやつ、やっぱりあのチョコレートに、何か入れてやがったんだ!!
 
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