「保健室」(2)

 「それにしても、そんな体調悪いのに、何で学校来たりしたんだよ。そんなに勉強、好きだったか?」
真弘先輩は、ベッドの端に腰掛けながら、そう尋ねた。
 「勉強は、好きじゃないです。・・・だって、もうすぐ先輩、卒業しちゃうじゃないですか。
 卒業したら、一緒に学校行ったりとか、もうできなくなっちゃうから・・・」
一回でも多く、一日でも長く、先輩と一緒に居る時間が欲しかったんです。
だから、どうしても学校を休むわけには、いかなかった。
 「だからって、無理してどうする。悪化させたら意味ねぇーじゃんか。季封村の冬、なめんじゃねぇーぞ」
季封村に来てから、本格的に過ごす初めての冬。
都会の冬にしか慣れていない私は、特に無理したわけでもないのに、あっさりと風邪を引いてしまった。
 「それにな。卒業したって、何処か行っちまうわけじゃないんだぜ。
 まぁ、一緒に学校行く、ってのはできねーけどな。それ以外は、あんま変んないぞ、多分。
 だから、そんなに無理すんな、頼むからよ」
先輩が卒業した後のこと。それを考えると、とても不安だった。
運命から解き放たれて、自由を手に入れた先輩が、私から離れて何処かへ行ってしまうかも知れない。
そんな不安を打ち消したくて、先輩の傍を離れたくなかった。先輩の顔を見て、安心していたかった。
だから、学校を休んでなんて、いられない。
でも、先輩は約束してくれた。卒業した後も、ずっと私と一緒にいてくれるって・・・。
 「先輩、ありがとうござ・・・クシュン」
嬉しくて、ちゃんとお礼を言おうと思ったのに、途中でくしゃみが出てしまった。もぉー、情けないな、私。
 「おい、大丈夫か?」
 「だ、大丈夫です。あの、あんまり近寄らないでください。風邪、移しちゃいますから」
心配してくれる真弘先輩から離れるように、慌てて口を抑えながら後ろに下がる。
 「そんなの、平気だ。気にすんな、バカ。俺は昔から、風邪引かないタチなんだよ」
風邪引かないなんて、何だか先輩らしい。守護者としての異形の力があるからとか、そんなのは関係ない。
冬の寒い日でも、元気に駆け回ってる少年。うん、真弘先輩って、そんなイメージだよね。
 「そっか。風邪、引かないんだ。だったら、真弘先輩、私の風邪、貰ってください。
 ほら、風邪は人に移すと治る、って言うじゃないですか」
真弘先輩なら、きっと簡単にウィルスもやっつけてしまいそう。そう思って言った私の言葉に、
真弘先輩は、驚いた顔をしていた。あれ、私、何かまずいこと、言ったかな?
 「やだ、もしかして、怒っちゃいました。冗談ですってば。先輩を病気にさせようとか、そんなこと・・・」
思ってませんよ。そう続けようとしたとき、真剣な表情をした真弘先輩と、目が合った。
 「ったく、しょうがねぇーな。お前の願いじゃ、叶えてやらないわけに、いかねぇーしよ。ほら、よこせ」
そう言って唇を重ねる。えっと、先輩、口移しですか?あの、本当に風邪が移っても、知らないですよ。
急な展開にドキドキしながらの長いキス。その後、先輩はそのまま私の身体を抱きしめた。
 「あの・・・、先輩?」
 「うるせー。少し黙ってろ」
そう言って、更にぎゅっと強く抱きしめる。そして、耳元で小さく呟く声が聞こえた。
 「誰にも、やらないからな。お前は俺のもんだ。拓磨にも、他の奴らにも、絶対に渡さねー」
真弘先輩。もしかして、さっきの先生の言葉、気にしてたんですか?
私が、拓磨に抱えられて保健室に連れてきてもらったこと。
 「心配しないでください。私、先輩の傍、絶対に離れませんから」
ゆっくりと先輩の背中に手を回す。真弘先輩の心臓の音が、少しだけ跳ね上がった。
不安だったのは、私だけじゃないんですね。もしかして、先輩も拓磨に嫉妬、したのかな。
 「大丈夫ですよ。だって、拓磨には美鶴ちゃんがいますから」
急に何を言いだすんだ、という顔をしながら、真弘先輩は抱きしめていた腕を離す。
 「だって、美鶴ちゃんが拓磨のこと好きだって教えてくれたの、真弘先輩じゃないですか」
 「だから、何でそれが大丈夫に繋がるんだよ。つーか、それ、多分無理だって、あん時も言ったじゃねーか」
 「何でですか?鬼斬丸はもうないんだし、二人とも自由なんですよ。美鶴ちゃん、あんなに可愛いのに」
 「それ、俺に言ってどうするよ!! っとに、鈍感なやつだな」
 「どういう意味ですか、それ!!」
 「何でもねーよ。 あー、そうだな。美鶴は可愛いよな」
呆れたような口調で、真弘先輩が投げやりに言う。
 「そんな言い方しなくても・・・。えっ、可愛いって、まさか先輩も、美鶴ちゃんのこと」
鈍感って、そういうこと?急に不安になる私に、真弘先輩が強く否定する。
 「だから、なんで俺になんだよ!!さっきまでのこと、もう忘れたのか」
くそっ、どうして最後はいつもこうなるんだ? ブツブツと文句を言いながら、無造作に頭を掻く。
 「それだけ元気があんなら、そろそろ立てそうか?暗くなる前に、帰るぞ」
ポンっとベッドから飛び降りると、気持ちを切り替えるようにそう言った。
 「あっ、ごめんなさい。もう大丈夫です。何だか、ホントに真弘先輩に風邪、移しちゃったみたい。
 さっきから、身体が軽いんですよね」
 「バカ言ってないで、行くぞ、ほら。しんどくなったら、ちゃんと言えよ。支えてやっから」
そう言って手を差し出してくれる。私は素直に、真弘先輩の手を取った。
はい、頼りにしてますよ、先輩。ずっと傍に居るって、約束したんですから・・・。
そうして私たちは、手を繋いだまま、保健室を後にする。

完(2009.10.10)  
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