「保健室」(1)

静かな放課後。運動部がトレーニングでもしてるのか、定期的な笛の音が微かに聞こえる。
保健室のベッドで横になっていた私は、何とか身体を起こせるまでに回復していた。
 「さっきよりは熱、下がってるけど、まだ、ちょっとあるわねぇ。どう、少しは気分、良くなった?」
保健の先生が体温計を確認しながら、心配そうに声を掛けてくれる。
5限目の授業中に倒れた後、放課後までずっと眠っていたお陰で、大分身体が楽になっていた。
まだ少し頭がフラつく感じがするけど、うん、これなら何とか家まで帰れそう。
身体を起こして体調を確認していると、ものすごい勢いで保健室の扉が開いた。
 「珠紀、大丈夫か!!」
 「こーら、鴉取くん、扉は静かに。ここは病人がいるところなんですからね」
 「あっ、わりぃ」
勢いよく飛び込んできた真弘先輩に、先生が嗜める。
素直に謝った真弘先輩は、私に心配そうな顔を向けた。
 「・・・で、どうなんだよ、具合。もう、起きて大丈夫なのか?」
 「はい。もう全然平気です。眠りすぎちゃって、何だかまだ、頭がぼぉーっとしてる感じ」
心配掛けないように笑顔を向けると、真弘先輩は一瞬呆れた顔をして、私の額に手を当てた。
 「真っ青な顔して、何言ってんだ、お前。まだ、熱あんじゃねぇーかよ」
うわぁー、真弘先輩の手、冷たくて気持ち良い。そういえば、今日は一段と寒かったですもんね。
もしかして、教室にいない私を、あちこち探し回ってくれてたんですか?
 「ふーん、そっかぁ、春日さんのナイトって、鴉取くんだったのね」
 「先生、それ、いつの時代のヒーローだよ」
先生の軽口に、真弘先輩がウンザリしたような声で返す。
 「やぁーねぇ、私の台詞じゃないわよ。さっき、春日さんの荷物を持ってきてくれた鬼崎くんが
 言ってたの。もうすぐ春日さんのナイトが迎えに来るはずだから、後はよろしく、ですって」
 「拓磨のやつ、余計なこと言いやがって・・・」
 「でも、何だか意外だわ。私、てっきり春日さんの相手って、鬼崎くんだと思ってたのに。
 倒れた春日さんを運んできてくれたのも、鬼崎くんだったのよ」
 「・・・あぁ。俺のところに知らせに来てくれたのも、拓磨だった」
真弘先輩の口調には、やや不機嫌な色が混ざっていた。
真弘先輩の変化に気が付かないのか、先生は時計を確認すると、急に慌てはじめる。
 「あら、やだ、もうこんな時間。鴉取くん、悪いんだけど、後、お願いできるかしら?
 職員会議が始まっちゃってる時間なのよね。最後、電気消して、鍵閉めて帰ってくれれば良いから。
 鍵は、職員室に残ってる先生に返しておいてくれる?悪いわね」
言いたいことだけ言うと、鍵を託して、先生は保健室を後にする。最後にドアのところで振り向いて、
 「そうそう、鴉取くん。一つだけ忠告しておくわ。病人、襲っちゃダメよ」
にっこり笑ってそう言うと、扉の向こうへ姿を消した。
 「するか、んなこと!!」
真弘先輩は、真っ赤な顔で反論する。
 「あはは。先輩、釘刺されちゃいましたね」
 「あはは、じゃねーよ。ったく、熱で頭、おかしくなってんじゃねーのか?」
呆れた口調でそう言うと、思い出したように言葉を続ける。
 「そういや、朝から顔色、あんま良くなかったもんな。昼飯も、殆ど食ってねぇーし」
 「知って・・・たんですか?」
美鶴ちゃんがせっかく作ってくれたお弁当。食欲がなくて、半分くらいまでしか食べられなかった。
そんなところを、真弘先輩が見てたなんて・・・。
お昼休み。雪が積もってて屋上が使えなくて、慎司くんの教室で食べることになったんだよね。
真弘先輩は、泣きそうな顔で困っている慎司くんのことなんて、まるで眼中にない感じで、
一年生の女子生徒をチェックするのに余念がなかった。
だから、私のことなんて、全然気にしてないんだと思って、ちょっと淋しかったのに・・・。
本当は、ちゃんと見ていてくれたんですね、先輩。
 
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