「襲来」(6)

猛スピードで移動する妖を前に、卓さんが一歩前に出る。
 「貴方の強みは、そのスピードなのでしょうね。ではその強みを、私が取り去ってあげましょう」
スッと手を前に構えると、静かに唱える。
 「三重円」
卓さんの言葉と同時に、妖の周囲に半透明な膜が張られる。
 「五重円」
更に膜が強化された。卓さんの結界の強さは、私がよく知っている。
あの結界を抜け出すのには、とても大きな力が必要だ。
妖も、結界を壊そうと、何度も膜に身体をぶつける。それでも、卓さんの結界はビクともしなかった。
物理的な力では、あの結界は壊せない。
結界の中で暴れる妖の周りをよく見ると、小さな火の粉がいくつも鏤められていた。
 「お前の武器は、その触手のような髪のみ。それが無くなったときのお前は、見ものだな」
祐一先輩がそう言うと、鏤められていた火の粉が、そのまま発火する。
今まで私や真弘先輩を苦しめていた触手が、一本残らず燃え落ちてしまった。
 「武器もなく立ち止まってる貴様になんか、俺は負けない!!」
拓磨が拳を固めて走り出す。
 「拓磨先輩!! ”重化”!!”加速”!!」
 「うりゃあぁぁぁ」
慎司くんの言霊の力で走るスピードを速めた拓磨は、鉛のように重くなった拳で、
卓さんの結界ごと妖を吹き飛ばした。
もんどりを打って転がった先には、左手に不可視の剣を携えた真弘先輩が立っている。
 「てめーなんざ、最初っから、俺様の敵じゃねーんだよ」
そう言って不敵に笑う真弘先輩は、風の剣で妖を切り捨てる。
そして、生命の消えた妖は、塵となって掻き消えた。
 「お・・・終った・・・の?」
私は糸が切れたように、その場に座り込んでしまった。
 「お、おい、珠紀。大丈夫か?怪我、してたんじゃねーよな?」
 「緊張が解けたのでしょう。もう、大丈夫ですよ」
一番に駆け寄ってきてくれた真弘先輩。そして、私を安心させるように微笑んでくれる卓さん。
 「ああ。本当に、よく頑張ったな」
 「見直した」
ポンっと頭を撫でてくれる祐一先輩。ちょっと照れたような顔をする拓磨。
 「珠紀先輩の力、初めてもらいました。何だか暖かくて、まるで護られてるみたいでしたよ」
最後に慎司くんが、嬉しいことを言ってくれた。
戦いを強いるだけの私の力。その力が、みんなの役に立てたことを実感させてくれる。
 「少しは、役に立てたのかな。私も・・・」
 「だから言ったろ。お前はそうやって、俺たちを見ててくれれば良いって・・・。
 お前がいるから、俺たちは戦えるんだ。玉依の力とか、そんなんとは関係なくよ。
 ただ、お前が傍にいてくれるだけで、それだけで良いんだ」
 「そうだな。珠紀の傍にいたい、というだけで、傷も癒えていない状態のまま、
 学校へ行ってしまう奴もいるくらいだからな」
真弘先輩の言葉を受けて、祐一先輩がからかい口調で続けた。
 「う、うるせーぞ、祐一!! お前も、いつまでも腰抜かしてねーで、さっさと立て!!」
ほら、と言いながら、赤い顔をした真弘先輩が手を差し伸べてくれる。
 「真弘先輩、傷、治ってないんじゃないっすか?」
そう言って、もう片方の手を持つべく、拓磨も手を差し出してくれた。
二人に手伝ったもらって、私はようやく立ち上がることができた。
 「んじゃ、帰ろーぜ。美鶴も心配してっと思うしな」
 「そうだ!!私、勝手に抜け出して来ちゃったんだ。怒ってるだろうなぁ、美鶴ちゃん」
 「美鶴ちゃん。怒ると怖いから・・・」
子供の頃を思い出したのか、慎司くんが独り言のように言う。
それをからかいながら、他のみんなも笑っている。
 「平和だなぁ」
 「あ?何か言ったか?」
 「ううん、何でもないです。さぁ、急いで帰りましょう」
あんな戦いは、もうしたくない。でも、私が玉依姫である限り、きっとまた同じようなことが起こる。
そしてまた、みんなを戦いに巻き込んでしまうのだろう。
その時のために、私は自分にできることをやっておこう。
みんなを護るための力を、更に強くするために・・・。
そして私は、前を向いて歩き出す。

完(2010.01.16) 
 
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