「ねむり姫」(1)

鬼斬丸が破壊された。
その瞬間、死の呪縛も、血の連鎖も、封印に纏わるこれまでの歴史すべてが、無に帰された。
 『生きていて欲しい』
そう願う心の強さだけで、邪鬼と化した鬼斬丸の力の前に立ちはだかった女。玉依姫。
 「いや、違うな。あいつは玉依姫なんかじゃなく、春日珠紀としてあの場に立っていた」
みんなの役に立ちたいと意気込んだかと思えば、何の力も持たないと泣き喚いてみたり、
最初は煩いだけの女だ、ってそう思っていたんだけどな。
 「今日もいらしてたんですね、鴉取さん。これから、珠紀様のお見舞いですか?」
珠紀の部屋の前で、暫く躊躇っていた俺を見付けて、美鶴が声を掛ける。
 「あぁ。一日一回は顔見ないと、やっぱり心配だからよ。で、どうだ、様子は?」
 「それが、まだ・・・。私の力が及ばないばかりに、申し訳ありません」
辛そうな顔でそう言うと、美鶴は俺に頭を下げた。
 「んなの、美鶴のせいじゃねーだろ。力が及ばなかったのは、俺だって同じだ。
 あいつに負担掛けちまったの、俺だからな」
鬼斬丸の破壊。俺も珠紀も、持てるすべての霊力を使い切り、それを行うことに成功した。
夜明けの空の下、二人でそれを確認したところまでは、覚えている。
あの日の出来事で覚えているのは、それが最後だった。
次に俺が意識を取り戻したときには、あの戦いから既に三日が過ぎていた。
珠紀のことが心配で、急いで宇賀谷家を訪ねてみれば、あいつはまだ意識を失ったまま。
 「もう、一週間も寝てるんだ。いくらなんでも、そろそろ起きんだろ。
 んじゃ、ちょっと顔でも、見てくるかな」
明るい声でそう請合うと、ようやく珠紀の部屋へ入ることができた。
部屋の中央に敷かれた布団の中で、珠紀は静かに眠っている。
白い顔が陶器のようで、まるで生きていないようにさえ見える。
 「んなわけ、あるか!!」
不安な思いを打ち消すように、思い切り頭を振ると、眠っている珠紀の顔を覗き込む。
 「こういう時は、やっぱ、あれだろ。眠ってる姫に、王子がすること、って言えば
 一つしかねーもんな」
俺以外、この部屋に誰もいないことは判っていても、つい周囲を見回してしまう。
そして、そっと珠紀の顔に自分の顔を近づける。
 「ニー」
 「うわぁー!!」
誰もいないはずの部屋に響いたその声(?)に、俺は驚きの声を上げた。
慌てて珠紀から離れると、もう一度周囲を見回し、声の主を探す。
珠紀が眠る布団の傍に、おさき狐がちょこんと座っていた。
 「何だよ、クリスタルガイじゃねーか。ったく、ビックリさせんなって・・・」
 「ニー?」
珠紀とは呼び方が違うせいか、おさき狐が不思議そうな顔をする。
 「なぁ、お前のご主人は、いつになったら目が覚めるんだ?」
そう言いながら頭を軽く撫でてやると、おさき狐は気持ち良さように
目を細めて、擦り寄ってきた。
 「おっ、結構可愛いとこあんじゃんかよ。なっ、クリスタルガイ」
おさき狐をあやしていると、服の裾を引っ張られている感覚がした。
 
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