「肝試し」(1)

八月に入ってすぐの登校日。
私は、クラス委員主催の肝試し大会に参加することにした。
こういう行事物って、割と好きなんだよね。だって、楽しそうじゃない。
たった一人で校舎に入り、各教室と理科室、美術室の黒板に、それぞれ自分の名前を書いていく。
最後に行く音楽室からは、ピアノの上に置かれた割り箸を一本取って来る。
校舎の外へ戻ってきたら、次の人にバトンタッチしてお終い。
やることはそれだけなんだけど、夜の校舎を一人で歩く、っていうのが恐怖心を更に強め、
肝試しには持ってこいなんだと、委員長が楽しそうに説明してくれた。
紅陵学院の七不思議って言うのも教えてもらったけれど、鬼斬丸を巡る戦いを経験し、
溺神や祟神とも遭遇した私にとっては、ただ暗い校舎を歩くだけというのは、
そんなに怖いとは思えなかった。
同じ経験をした拓磨なんか、「つまんねー」なんて言って、早々に不参加を表明していた。
 「そのお陰で、留守番をお願いできたんだから、まぁ、いっか」
夜八時に学校へ集合ってこともあり、美鶴ちゃんには難色を示されていた。
でも、拓磨と慎司くんを留守番として呼ぶからって条件で、二つ返事で許可を取り付けた。
 「ふふん。美鶴ちゃんって、拓磨が絡むと弱いもんね。
 それに慎司くんも付けといたんだから、これでアリアからも文句は言われないでしょ」
留守番役を押し付けた二人には、「一つだけ言うことを聞く」ってことで、承諾してもらった。
 「春日さん。次、春日さんの番なんだけど、行けそう?」
 「あっ、うん、行ける、行ける」
委員長に肩を叩かれて、私は少し慌てる。怖がってるように、思われたかな?
前の人が出てきたのを確認してから、私は校舎に入っていった。
電気の点いていない教室を一つ一つ回って、黒板に自分の名前を書いていく。
懐中電灯を持っているので、歩くのに困ることはなかった。
 「あっ、この教室」
一階をすべて回った後、二階に上がってすぐに入った教室。二年生の時に使っていた教室だ。
昼間、この教室を使っていたときには、あまり思い出さないでいられたのに・・・。
夜になってここに立ってみると、どうしてもあの光景を思い出さずにはいられない。
 「・・・フィオナ先生」
ツヴァイの刃に掛かって命を落とした女教師。私の手の中で消えていった美しい人。
彼女の温もりと重み、それらが掻き消えた時の衝撃を、今でも忘れることなんてない。
 「よぉ、どした。んなとこに、突っ立ってよ。こんな子供騙しに、ビビってんのか?」
誰もいないと思っていた教室に、声が響く。そう言えば、あの時のツヴァイも、急に現れたんだ。
一瞬、何が起こったのか判らずに、身体が硬直する。慌てて、声のした方へ光を向けた。
 「あー、もう、眩しいだろうがよ!!ライト、下ろせって」
 「ま・・・ひろ先輩?」
真弘先輩が窓枠に座って、眩しそうな顔をこちらに向けていた。
 「なんで・・・。真弘先輩が、ここにいるの?」
 「なんでって・・・。拓磨が教えてくれたんだ。お前が、くだらねー行事に参加してる、ってよ」
 「くだらないなんて、酷い。クラスイベントなんだよ。これはこれで、楽しいんだから」
拓磨ったら、自分だけ留守番させられたの、怒ってるんだろうか。
不参加って言ってたけど、本当は一緒にやりたかったのかな。
 「その割には、さっきビビってたじゃねーか。
 この後は、俺様が着いてってやるから、こんな行事、さっさと終らせちまえ」
 「それは、ダメです!!真弘先輩と一緒に回ったら、ルール違反になっちゃう。
 それにビビってもいませんから、大丈夫。ちゃんと一人で回れます」
他のみんなだって、ちゃんと一人で回ってるんだもん。私だけズルしちゃうのは、良くないよ。
 「あー、そうかよ。まぁ、お前の頑固さは、よく判ってっからな。
 お前がそう言うなら、俺の助けなんて要らないんだろうけどよ。
 だがな、これだけは言っておくぞ。俺は、お前を信じてる。それだけは、忘れるな」
『信じてる』の言葉を強調するように、真弘先輩は念を押す。
最初にルール違反を持ちかけたの、真弘先輩の方じゃない。何だって今更、そんなこと?
 「拓磨のやろーを盾にすんのも、そろそろアテになんなくなってきたしな。
 後は、珠紀を信じるしか、なさそうだ」
真弘先輩はそう言ながら、大きな溜め息を吐いた。
あの、何を言っているのか、まるっきり判らないんですけど・・・。
とりあえず、私を信じてもらえてるってことだけは、理解しておこう。
頭の中がクエスチョン・マークで埋め尽くされ、二の句が告げなくなっていると、
廊下の方から足音が聞こえてきた。
もう、次の人が回ってきたの?でも、私が戻らないとスタートしないんじゃなかったっけ?
 「俺がいたんじゃ、ルール違反なんだろう。とりあえず、外で待ってる。
 一緒に帰るのは、違反になんねーだろ」
 「終った後にまで、ルールなんてないですよ。じゃあ、校門の所で待っててください。
 後で行きますから」
 「じゃあ、さっさと終らせてこい」
それだけ言うと、真弘先輩は窓の外へ飛び降りた。えっ、嘘!!ここ、二階だよ。
慌てて窓の外を覗いたけれど、暗くてよく見えない。
そう言えば、どうやって校舎に入ったんだろう?昇降口の扉は、一箇所しか開けてないのに。
肝試しの順番待ちのため、扉の前にはクラスのみんながいたはず・・・。
 「まさか、窓から入ってきたの?」
いくら風の力を操れるからって、暗い中では危険過ぎる。後で逢ったら、ちゃんと言わなくちゃ!!
 「そこに居るの、春日さん?」
廊下で響いていた足音は、私がいる教室の前で止まる。
開いたドアから入ってきたのは、委員長だった。
 
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