「呼び出し」(2)

少し、考える時間が欲しい。これから続く、自分の時間について。
今まで考えてこなかった分、ゆっくりと、真剣に・・・。
 「アメリカへ・・・行こうと思ってます」
アメリカ縦断。建物もない広い道路をバイクで走る。ずっと見ていた俺の夢。
 「アメリカ、ですか。確かに、ずっと言ってましたね。アメリカへ行く、と。
 今思えば、それは伏線だったのではないんですか?」
 「伏線?」
 「ええ、貴方が鬼斬丸の封印のために命を捧げた後の、我々の気持ちに対する、伏線。
 急に消えてしまった貴方を、アメリカへ行っているんだと、思わせておきたかった」
だから苦手だよ、この人は。なんでもお見通し、ってわけか。
 「初めは、そうだったのかも知れない。でも、この夢は、ずっと俺の・・・支えだったんです」
アメリカへ行く。自由になる。叶わないと判っていてもなお、見続けていたかった、俺の夢。
 「判りました。貴方の進路については、私からもババ様に報告しておきましょう。
 ところで、そのアメリカ行きに、珠紀さんは連れて行かれるんですよね?」
アメリカ行きを納得してもらえてホッとしている俺に、大蛇さんはとんでもないことを言い出す。
 「な、なんで、珠紀と!!」
 「まさか、置いていくんですか?」
婚前旅行を平気でススメるなんて、何考えてるんだよ、この人は!!
 「だって、あいつは、玉依姫なんだぞ。この地を離れるわけには・・・」
もうすぐ玉依姫襲名の儀式がある。正式に玉依姫になるために、今は猛勉強中だ、と
昨日逢ったときに言っていた。確か、今日も蔵に篭って勉強するって・・・。
 「他国の地で見聞を広げるのは、玉依姫としては良いことでしょう?
 そうですね、春休みの間だけでしたら、玉依姫不在でも、何とかなると思いますよ」
勝手にスケジュールを決めやがる。
 「珠紀が行くとは、限らないだろ。それに俺、一年は戻らないつもりだし」
 「それはダメです。鴉取くん、貴方も早めに戻ってきてくださいね。
 貴方にも、やっていただきたいことがあるんですから」
俺に、やって欲しいこと? 大蛇さんの笑顔に恐怖しながら、それでも聞かずにはいられない。
 「もちろん、受験勉強です」
 「何・・・言ってる・・・んだ?」
 「だから、大学進学のための受験勉強ですよ。決まってるじゃないですか。
 来年は、ちゃんと受験してもらいます」
だから、どうしてそうなるんだよ!!いったい、この人、どういう思考回路してるんだ。
大蛇さんとの会話に着いていけなくなった俺は、思うように言葉が出ない。
 「守護者のまとめ役としての、ババ様との約束なんです。珠紀さんも、守護者のみなさんにも、
 きちんと大学は卒業してもらいますよ。まぁ、心配なのは、貴方と鬼崎くんだけですけどね」
私がしっかり勉強を教えますから、安心して良いですよ。と、悪魔の微笑みで付け加えられた。
アメリカから帰ってくるの、やめようかな、俺。
ガックリと肩を落として大蛇邸を後にする俺に、
 「珠紀さんを連れて行くかどうか、よくお考えなさい」
と大蛇さんは念を押した。
珠紀をアメリカへ連れて行く。そんなこと、本当に許されるのか。
あいつは玉依姫で、俺はただの守護者の一人。こんな俺に、着いてきてくれるんだろうか。
 「なんだか、あいつに逢いたくなっちまったな」
蔵の中で本を漁ってるだろう珠紀を思い浮かべて、俺は宇賀谷家へ続く道を歩き始めた。

完(2009.10.05)  
 
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