「呼び出し」(1)

天気の良い日曜日。晴れ渡った空とは裏腹に、俺は憂鬱な気分で歩いていた。
 「行きたくねぇー、あぁー、行きたくねぇ」
ノロノロと歩いて時間を稼いではみたけれど、狭い村だもんな。あっという間に目的地に着いちまう。
 「明日の夕方、私の家に来るように伝えてください」
にっこり笑って言ったであろう大蛇さんの顔を思い出し、更にウンザリする。
俺に直接言ったらぜってー断られると思って、珠紀を使って伝言していきやがった。
俺、あの人、苦手なんだよなぁ。
ガキの頃のネタを珠紀にバラされるからだ、って祐一は誤解してたみたいだけど。
本当はそうじゃない(確かにそれもある)。
あの人の前にいると、すべてを見透かされてるみたいな気がするんだ。
自分が小さい人間(身長差のことじゃねぇ!!)に思えて、居心地が悪くなる。
呼び鈴を鳴らす勇気がでなくて、何度目かの溜め息を吐いていると、後ろから声を掛けられた。
 「おや、鴉取くん、早かったですね」
買い物帰りなのか紙袋を抱えた大蛇さんが、笑顔で立っていた。
 「逃げ出さずに、よく来ましたね。感心です。さぁ、どうぞ、入ってください」
 「お邪魔します」
なんだか、これから死刑を宣告される囚人になった気分だ。
いったい呼び出しの理由は何なんだよ。ちっとも判んねぇー。
居間に通された俺は、大蛇さんが煎れてくれた紅茶を啜りながら、
落ち着かない気分で、辺りをキョロキョロと眺め回していた。
 「貴方を呼んだのは、少し、お話がしたいと思ったからです」
暫く気まずい沈黙が続いた後、ようやく大蛇さんが口を開く。
 「話、って、何の?」
 「貴方の将来について」
 「あ?将来?」
 「ええ。まぁ、将来と言っても、十年も先の話ではありません。
 そうですね、例えば、高校を卒業した後のこと、とか」
将来。高校卒業。そんな未来、俺には存在しないはずだった。
鬼斬丸の封印は、もうどうしようもない程、危険な状態だったのだから。
当代の玉依姫がいようがいまいが、俺の命を封印に捧げる。
ただそれだけのために生かされた俺は、他に取る道なんて、残ってはいなかった。
いなかった・・・はずだったんだ。あいつが、珠紀がいなければ、俺は、今ごろ。
 「貴方が、どういう思いで生きてきたのか。今なら、少し、判るような気がします」
俺に課せられた運命。そのことについて知っていたのは、先代玉依であるババ様と、
代々鴉取家を継いできた俺の両親くらいしかいない。
まぁ、この間の戦いで、全部バレちまったけどな。
 「あん時は、嫌な役回りをさせちまって、すみませんでした」
 「それはこちらの台詞ですよ。貴方には随分辛い思いをさせてしまいましたね。
 守護者のまとめ役としての、私の認識の甘さです。申し訳ない」
 「もう、終ったことですから」
鬼斬丸を巡る戦いは終った。縛り付けられていた運命から、俺は開放されたんだ。
珠紀が俺を・・・救ってくれた。
 「そう、もう終りました。だから鴉取くん、貴方の未来は、これからも続くのですよ。
 どうするつもりなんですか?この先」
話を振り出しに戻し、大蛇さんはもう一度、俺に問い質す。これから続く、未来について。
何も考えてない訳じゃない。ただ少し、現実を受け入れられないで戸惑っているだけだ。
急にすべてを持たされて、これからは自由なんだと言われても。
俺には何を、どうしていって良いのか、まだよく判らない。
 
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