「居場所」(1)

賑やかな宴も終わり、俺は宇賀谷家の縁側に座って、一人で空を見上げていた。
そういや、ガキの頃もよく、ここでこうして、星空を眺めていたっけ。
宇宙から届く光は、何万年も前の輝きだって話だ。
今見えている光ですら、既にもうこの世にはない、星の輝きなのかも知れない。
それに比べたら、俺が生きた時間なんて、そう大層なもんじゃねーよな。
あっち側から見たら俺なんて、居たかどうかすら、判らないくらいだ。
人生にタイムリミットがあることを知っていた俺は、月や星を眺めながら、
そんな後ろ向きなことばかりを、いつも考えていた。
そうでも考えなければ、自分が生まれてきたことを、悔やんじまいそうだったから。
 「やっぱ、届かねーよな」
月に向かって、片手を伸ばしてみる。
宇宙飛行士になって、月に行ってみたい。ガキの頃に思い描いた俺の夢。
何も知らなかった頃の、ただの無邪気な子供の夢。
 「何してるんですか?真弘先輩」
 「何でもねーよ。月を見てたら、美味そうだと思っただけだ」
いつの間にかやってきた珠紀の質問に、俺は適当に言葉を返す。
 「あれだけ夕飯食べたのに、まだ食べる気ですか?」
珠紀は呆れた顔をしながら、手に持っていたカップを俺に渡す。
 「熱いですから、気を付けてくださいね」
 「おっ、サンキュー」
受け取ったカップの中身は、熱々のココア。寒い夜には、嬉しい飲み物だ。
 「片付けは、もう良いのか?」
 「はい、粗方終ってます。後は、美鶴ちゃんが引き受けてくれました」
夕べ、一緒に月が見たい、と言った珠紀の願いを聞いて、
宴の後、俺は一人で宇賀谷家に残った。
片付けを済ませてきたい、と珠紀が言うんで、俺だけ先に一人で月を眺めていた。
 「それにしても、綺麗な月ですねぇ〜。お天気になって、ホント良かった」
月を見上げながらそう言うと、珠紀は俺の隣に腰を下ろす。
 「まぁな。玉依姫が戻ってきたからだろ」
俺の傍に・・・と、聞こえないくらい小さな声で、付け加えた。
 「それって、私の日頃の行いが良い、ってことですよね?」
 「あー?何言ってんだ、お前?日頃の行いが良いのは、俺だろーが」
 「だって、昨日は曇ってたんでしょ?私が戻ってきて晴れたんなら、私の行いです」
きっぱり、という口調で珠紀が言い切った。
 「なんだ、それ?あー、判ったよ。今日のところは、お前に譲ってやる」
楽しそうに笑う珠紀を見ていたら、もうどうでも良くなった。
珠紀が俺の横に居てくれるってだけで、今日は何でも許せそうな気分だ。
 「ふーんだ、偉そうに」
 「"そう"じゃねー。俺様は偉いんだよ」
いつもの軽口を交し合う。
二人で一頻り笑いあった後、どうしても聞きたかったことを、俺は口にした。
 「・・・そういやよ。向こうの神社、ってのはどうだったんだ?
 美鶴も慎司も、お前においてかれた、って随分拗ねてたぞ」
一人で行きたがっていた。そう、美鶴が言っていた。その理由な何なんだ?
 「それは可哀想なこと、しちゃったな。だって、初めて行く神社だったんですよ。
 どうせなら、あちこちちゃんと見たいじゃないですか。
 でも、それに付き合わせちゃったら、やっぱり申し訳ないかな、って・・・」
珠紀はそう言うと、心底申し訳なさそうな顔をする。
 「お前、ホント、そういうの好きなんだな。
 うちの神社でも、柱の傷一つ一つ見て回ってるって、慎司が言ってたぞ」
 「だって、傷一つにだって、歴史があるんですよ!!
 たとえばですね、境内の一番奥にある柱の傷は・・・」
柱の傷についての講義が始まりそうだったので、俺は慌てて止めに入る。
 「あー、判った、判った。その話は、また今度聞いてやるからよ。
 それより、そういう遠慮は、俺にはするな。たとえ夜中でも、絶対に俺を呼び出せ」
 「ありがとうございます。もし、次に何処か行くことがあったら、今度はそうしますね。
 やっぱり、一人は淋しいって、よく判りましたから」
一人で行きたがっていた理由が、珠紀の趣味である神社仏閣巡りにあったって
ことで、俺は少し安心した。
向こうに、こいつを引き止める何かがあるって、ずっと不安に思っていたから。
 
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