「留守番電話」(2)

電話を前にして暫く悩んでいると、ゴトンっと一瞬震えて、電話が鳴り出した。
静かな部屋の中で、電話のベルだけがやけに大きく響く。
 「・・・もしもし」
慌てて出た電話の向こうから、大きな溜め息が聞こえた。
 「・・・やっと、帰ってきたのかよ」
 「ま・・・ひろ先輩?」
最後に録音された留守番電話の声と同じ、少し元気のない真弘先輩の声がした。
 「お前、帰ってくんの、おっせーよ」
 「ごめんなさい。すぐに電話しようと思ったんだけど、こんな時間だし・・・」
 「んなの、気にすんな。心配すんだろーが」
心配、させちゃってたんだ。悩んだりせずに、すぐに電話すれば良かった。
 「で、そっちはどうなんだ?・・・楽しかったか?」
 「もぉ、すっごい楽しかったです!!」
 「そっか。そりゃ、良かったな」
真弘先輩の沈んだ声が気にはなったけど、今日の出来事を早く話したくて、
つい興奮気味の声になってしまう。
 「だって、一般の人は立ち入り禁止っていう、神域にまで入らせてもらえたんですよ。
 私は玉依姫だから特別に、って。それはもう、すっごい綺麗でした!!」
 「あ?楽しかった・・・って、神社の話か?」
 「えっ、そうですよ?って、あれ?真弘先輩は、何の話をしてたんですか?」
 「だよなぁ〜。そうそう、神社、神社。お前、ホント、そういうの好きだもんなぁ」
さっきまでとは打って変わって、テンションが高くなる。
真弘先輩、いったいどうしちゃったの?
 「そっか・・・。じゃあ、帰ってくるんだよな、季封村へ」
少しテンションを抑えて、何処か安堵したような声で、真弘先輩が聞く。
もしかして、私がもう季封村には帰らないって、そう思っていたの?
 「もちろんですよ。もともと、明日には帰る予定だったんですから。
 でも、真弘先輩の声を聞いたら、今すぐ帰りたくなっちゃったな。
 この時間ならまだ最終電車に間に合うし、村まではタクシーで行けば・・・」
時間を確認しながら、最寄駅までの最終時間を計算する。
さすがに、もうバスはないだろうけど。うん、多分今なら、ギリギリ間に合うはず。
 「ダメだ!!女が出歩く時間じゃないって、さっきも言ったろ。
 何かあった時に、俺が助けに行けない場所じゃ、危ない真似はすんな」
 「えー。だってこっちには、カミ様はそんなにいないんですよ。危険なんて・・・」
鬼斬丸が破壊された影響は、季封村ですら、もうそんなにはない。
殆どカミ様の存在が確認できない都心では、そうそう危険が潜んでるとは思えなかった。
 「そういう事じゃねー!!カミより危険なもんが、そっちには一杯あんだろーがよ!!
 そういや、お前、今日はそこで一人なんだよな?ちゃんと戸締りとか、してっか?」
 「帰ってきたとき、鍵は掛けましたけど。あぁ、カーテンを閉めるの、忘れてます」
コードレスの受話器を持ったまま、カーテンを閉めに窓際に寄る。
 「あっ!!」
 「どうした!!何かあったのか?」
私の声に驚いて、真弘先輩が緊張した声を出す。
 「あっ、いえ。カーテンを閉めようと思ったら・・・。窓の外、月がすごい綺麗なんです」
 「何だよ、ビックリさせんなよな」
真弘先輩は、あからさまに呆れた声を出す。
 「だって、満月なんですよ。そっちでも、見えませんか?」
 「んー、月・・・どうだったかな?」
ガタガタと窓を開けているらしい音が、受話器越しに聞こえてきた。
 「あー、残念だな。こっちは、曇ってて見えねーや」
 「そう・・・ですか。前みたいに、また一緒に見られたらな、って思ったんだけど」
二人で月を見上げたとき。傍に居るのに遠く感じて、それでも先輩の傍に居たくて・・・。
顔を見ることすらできないでいた私に、真弘先輩はずっと傍にいてくれた。
あの時は、背中合わせのまま、二人で月を見上げていたっけ。
 「んなことで、ガッカリした声出してんなよ。明日、一緒に見りゃ良いだろーが。
 どうせ、明日にはこっちに帰ってんだからさ」
 「明日・・・。良いんですか?」
 「あぁ。お前が見たいってんなら、いつでもそうしてやるよ」
 「ホントに!!じゃあ、約束です」
真弘先輩の提案に、私は嬉しくなって声を上げる。
今はもう、真弘先輩を遠くに感じることはない。
望めば、先輩はいつでも、私に手を差し伸べてくれるから・・・。
明日は二人で月を見上げよう。今度こそ、背中合わせではなく、寄り添いながら。
それから、暫く他愛のないおしゃべりを続ける。
最後に、明日逢えることを楽しみに、おやすみを言い合って、電話を切った。
うん、もう淋しくはない。だってほら、みんなが傍に居てくれるから・・・。
今夜は、録音されたみんなの声を聞きながら寝ることにしよう。
大好きな人達の顔を思い浮かべながら、私は心の中でこう唱える。
おやすみなさい。明日には、みんなの所へ帰ります。

完(2009.11.22)  
 
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