「留守番電話」(1)

季封村を離れたのは、どれくらい振りだろう。
鬼斬丸を巡る戦いの後、両親が一時帰国した時に、一度実家へは戻っていた。
両親を説き伏せて、季封村で過ごすことを許されてから、まだそんなには経っていない。
なのに、久し振りに出た都心は、あまりの人の多さで、少し圧倒されてしまった。
季封村で生活する前は、それが普通だと思っていたのに・・・。
 「私も、やっと季封村の人間になれた、ってことなのかな」
窓の外に映る街の風景を見ながら、私はつい口に出してそう言っていた。
 「お客さん、何か言いました?」
 「あっ、いえ、何でもないです」
タクシーの運転手さんに尋ねられて、慌てて首を振る。
いけない、いけない。今は一人じゃなかったんだ。
私はタクシーの後部座席に座りながら、抱えていた包みを持ち直した。
今回、季封村を離れたのは、お祖母ちゃんから頼まれたお遣いのため。
玉依毘売神社と懇意にしている神社さんから、祭ってある宝玉を受け取ってくること。
それが、今回の私の役目。でも、本当の目的は、別にあった。
神社仏閣巡りを趣味にしている私としては、
この機会に是非、その神社もしっかり見学させてもらいたい。
玉依毘売神社と懇意があるなら、玉依姫や守護者とも、何か関わりがあるかも知れないし。
そう思って神社を訪ねた私は、お祖母ちゃんとは古くからの知り合いだという宮司さんに、
神社の中を隅々まで案内してもらった。
そのお陰で、お祖母ちゃんの用事を済ませて神社を出る頃には、大分遅い時間になっていた。
今日は季封村には帰らず、実家に泊まる予定にはしていたけれど、
まさかこんなに遅くなるとは・・・。
車に設置されているデジタル時計を見ると、もうすぐ22時になるところだった。
タクシーを降りて家へ戻ると、持っていた宝玉の包みを、そっとテーブルの上に置く。
 「さすがに、疲れたぁ」
トスンっと、ソファに全体重を預けると、そのままクッションに頭を乗せて横になる。
目を瞑っていると、時計の針が回るカチカチという音が、微かに聞こえてきた。
 「一人になるのって・・・そう言えば、久し振りだな」
季封村にいる時には、家にはお祖母ちゃんと美鶴ちゃんがいる。
守護者のみんなも、何だかんだ家に集まっては、大騒ぎをして帰っていくし。
 「まぁ、大騒ぎの元凶は、いつも真弘先輩なんだけどね」
大好きな人達の顔を思い浮かべて、私はクスクスと笑い声を上げていた。
そして、フイに涙が出そうになる。
 「・・・やだな。一人って、こんなに淋しかったっけ?」
共働きの両親は、いつも帰宅が遅かった。一人で留守番なんて、慣れていたはずなのに。
季封村での生活が、みんなが傍に居てくれることが、私にとって、
こんなにも掛け替えのないものになっていたなんて・・・。
溢れそうになる涙を拭こうと、ティッシュボックスを探して部屋を見回したとき、
リビングの入り口に置かれている電話が目に止まった。
 「留守電・・・が、入ってる?」
プッシュボタンの中にある”留守”の文字が、チカチカと点滅している。
普段誰も住んでいないこの家に、わざわざ電話してくる人なんて、誰だろう?
私は慌てて、その”留守”の文字を押してみた。
 『ピー。8件、です』
機械音の後、伝えられた件数の多さに、私は少し驚いた。
再生ボタンを押すと、次々に懐かしい声が流れてくる。
 『ピー。おう、珠紀か?俺だ、鴉取真弘様だ。お前、勝手に、季封村、離れてんじゃねーぞ。
 帰ったら、電話しろ』
 『ピー。珠紀様。お帰りになられましたか?美鶴です。
 本日は、守護者の方々が、心配されて訪ねていらっしゃいました。
 よろしければ、明日のお帰りの時間をお知らせください。バス停までお迎えに参りますので』
 『ピー。珠紀さんですか?卓です。ババ様のお遣い、ご苦労様でしたね。
 先方の神社で何か困ったことがあったら、すぐに私に連絡してください』
 『ピー。珠紀か。祐一だ。いや、特に用事があったわけではないんだが・・・。
 おさき狐が淋しがっている。早く、帰ってやれ』
 『ピー。珠紀ー、俺だ、拓磨だ。さっきから、真弘先輩が暴れて、手が付けらんねー。
 ババ様の用事っつーの、さっさと済ませて、とっとと帰って来い』
 『ピー。珠紀先輩!!ババ様の用事って、神社関係の仕事だったんですね。
 それなら僕の仕事でもあるじゃないですか!!どうして誘ってくれなかったんです。
 帰ったら、そっちの話、ちゃんと聞かせてくださいね』
 『ピー。まだ帰ってねーのかよ!! いったい、何時だと思ってんだ。
 女が出歩く時間じゃねーだろ。さっさと電話して来い。説教してやる!!』
 『ピー。・・・まだ、帰ってないみたいだな。そっか。じゃあ、また後で掛ける』
守護者のみんな、それに美鶴ちゃんも・・・。わざわざ電話してくれたんだ。
みんなの声を聞いていたら、すぐ傍にみんなが居てくれるみたいで、
さっきまでの淋しい気持ちが少しだけ落ち着いた。
真弘先輩、3回も掛けてくれたんですね。ありがとうございます。
 「でも、最後の電話だけ、真弘先輩、何だか様子が変じゃなかった?」
それまでは、いつもの俺様発言だったのに・・・。
折り返しの電話、してみようかな。でも、もうこんな遅い時間だし、やっぱり迷惑だよね。
 
HOME  ◆  NEXT