「ジャンケン勝負」(2)

水気を拭ったお皿を戸棚にしまうと、一段落した気持ちと一緒に軽く息を吐き出す。
 「お疲れ様でした。お茶でも入れましょうか」
美鶴ちゃんの笑顔を見返しながら、どうやって切り出そうかと、言葉を探していた。
料理は作らせてくれないけれど、こうして片付けを手伝わせてくれるのは、
美鶴ちゃんにとっての歩み寄りだったりするのかな。
それなら、これ以上の我侭なんて、言えないよね。
せっかく真弘先輩から貰った勇気なのに、どんどん萎んでいくのが判る。
 「どうかされたのですか?」
美鶴ちゃんの問い掛けに黙っていた私を、不思議そうな顔で見返している。
その瞳に躊躇ってしまう気持ちを、私は無理矢理に追い出した。
そうだよね、真弘先輩。私たちは家族なんだから、伝えなければいけないことは、
きちんと言葉にしないとダメ。
 「ううん、なんでもないよ。あのね、美鶴ちゃん」
 「判っています。明日のお当番を決めるのですよね。今日も負けませんよ」
 「うん。それもそうなんだけど……」
私の勢いを勘違いしたのか、美鶴ちゃんが私の目の前で拳を握る。
今にもジャンケンを始めてしまいそうな美鶴ちゃんを制して、私は慌てて口を開いた。
 「聞いて、美鶴ちゃん。もし美鶴ちゃんが何か、私やお祖母ちゃんに遠慮してるんなら、
 それは必要のないことだよ。この家は美鶴ちゃんの家でもあるんだからね。
 何の気兼ねもいらないの。美鶴ちゃんは、この家で好きなようにしていて良いんだから。
 だから……。私たちの世話をすることを、義務みたいに思わないで」
 「珠紀さま」
驚いた表情で、私を見つめたまま固まっている美鶴ちゃん。
ここで視線を逸らしたら、私のこの想いはきっと伝わらない。
そう確信して、私も美鶴ちゃんの目を見据える。
長く感じたその時間も、実際にはほんの数秒の間。
美鶴ちゃんが表情を変えたことで、またゆっくりと時間の流れが戻ってくる。
満面の笑顔を浮かべると、首を横に振った。
 「私、義務になんて思っていません。むしろ、そうさせて欲しいんです。
 珠紀さまは、鬼斬丸の呪縛から、私を救ってくださいました。
 その恩をお返しするために、この先もずっと、珠紀さまにお仕すると決めたんです」
キッパリと宣言するみたいに言う。その声音が、揺るぎない想いを伝えてくる。
 「ずっとなんてダメだよ。美鶴ちゃんには美鶴ちゃんの人生があるんだから。
 そうだ、誰か好きな人とかいないの? 私に仕えるなんてバカなこと考えないで、
 好きな人と幸せになることを考えなきゃ!!」
 「バカなことなんかじゃありません。もう決めたことです。
 これからの私の人生は珠紀さまのために使おうって。
 だいたい私、好きな人なんていませんから」
私の言葉に、更に慌てる美鶴ちゃん。どんどん顔が赤くなっていく。
さっきまで固い意志を宿していた瞳が、今では戸惑いを隠せないように揺らいでいる。
赤い顔を見られまいとして、拗ねた素振りでそっぽを向いてしまった。
それってもしかして、思いを寄せる相手に、心当たりでもあるのかな?
そんな考えが頭を過ると、途端に私の顔も緩んでいく。
 「またまたそんなこと言って。ほら、顔が赤くなってるよ。
 やっぱり好きな人、居るんでしょ。私、応援するからね。任せておいて」
 「だからいませんってば、そんな人。珠紀さまの思い過ごしです。
 ほら、明日のお当番、決めますよ。勝負なさらないんですか」
真っ赤になって恥ずかしそうにする美鶴ちゃんは、少し怒ったような声を出す。
わざとらしく、私の目の前で握った拳を振ってみせる姿が、とても可愛かった。
私はずっと一人っ子だから知らなかったけれど、姉妹がいたらこんな感じなのかな。
照れ隠しに拗ねてみせる美鶴ちゃんを宥めながら、私はそんなことを思っていた。
この日、私は美鶴ちゃんとのジャンケン勝負に、初めて勝つことができた。

完(2012.11.18)  
 
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