「看病」(3)

台所で吸い飲みを見付け、何とか事なきを得た。
珠紀もたっぷり水分を取って満足したのか、今は安心して眠っている。
 「これで熱も引いてくれれば良いんだけどな」
そう言いながら、固く絞ったタオルを額に乗せてやると、
急に与えられた冷たい感触に驚いたのか、珠紀が眉を顰めた。
 「ん……」
 「あっ、わりぃ。起こしちまったか?」
薄っすらと目を開ける珠紀の顔を覗きこむ。
 「……寒い」
 「えっ?」
譫言のように呟く珠紀の声に、俺は聞き取れなかったという素振りをする。
熱が体温を奪っているのか、珠紀の身体がガタガタと震え出す。
 「おい、大丈夫か!! 今、医者を呼んできてやるから待ってろ」
珠紀の異変に気付いた俺は、医者を呼ぼうと決意する。
守護者の俺たちと違って、珠紀の治癒力は普通の人間なみだ。
ちょっとした不調が命取りにならないとも限らない。
くそっ、こんな時に美鶴がいてくれれば、その治癒力を増幅させることもできるのに。
 「肝心な時に、何でいねーんだよ!!」
自分が役に立たないことを痛感しながら、美鶴に八つ当たりする。
医者を連れて来ようと立ち上がった俺のズボンの裾を、珠紀の手が掴んだ。
 「うわっ、あぶねーな。何しやがる」
前のめりになりそうな処を、辛うじて踏み留まる。
 「……傍にいてください。何処にも行かないで」
虚ろな瞳で見上げる珠紀に、俺は動けなくなった。
 「だけど、そのままじゃ苦しいだろう。医者を呼んだらすぐに帰って来る。
 だから大人しく待ってろ。なっ?」
 「嫌…です。私は大丈夫だから……。
 真弘先輩が傍にいてくれるだけで、すぐに元気になれるんです。
 だから……お願い」
珠紀の懇願に、俺が逆らえるわけがない。だけど、どうすれば良い?
俺に何が出来るってんだよ。……なんて狼狽えてる場合じゃねーぞ。
とにかくこの震えている身体を温めなきゃな。
 「温めるもの、温めるもの」
辺りを見回しても、役に立ちそうな物は一つもない。
寒さで身体を震えさせている珠紀を目の前に、俺はどうすることも出来ないでいた。
くそっ、どうしたら……。
 「真弘……先輩。温めて……」
また珠紀が譫言を言う。
 「温めてってオマエ……って、オイ、何をやってるんだ!!」
自分の無力さに項垂れていた俺は、珠紀の言葉に顔を上げた。
そこで見たものは、布団の端を少しだけ持ち上げて、
まるで俺を誘っているような仕草をする珠紀の姿。
 「ど、どうしちまったんだ、珠紀。そうか、これは熱の所為なんだ、熱の」
 「ダメ……ですか?」
潤んだ瞳で見上げる珠紀に、俺の理性が悲鳴を上げる。
雪山で遭難した男女が、寒さを凌ぐために使った方法。
道具なんて必要ない。お互いの体温だけあれば、他に何も要らない。
 「た、珠紀。ホントに良いのか?」
 「真弘先輩なら、良いですよ。……羽毛布団みたいで」
煩い程の心臓の音にかき消されるような声で、珠紀の声が耳に届く。
羽毛布団……だと? ったく、そういうことかよ。
ガックリと項垂れてから頭を一度大きく振ると、俺は力強く顔をあげた。
傍で心配そうに見守っていたおさき狐の首根っこを掴むと、
開いたままの布団の中に放り込んむ。後はきちんと掛け直してやる。
 「真弘先輩?」
 「うるせー。これで我慢しろ。すぐに温かくなる」
困惑した顔で見上げる珠紀から視線を外すと、添い寝するみたいに横に寝そべった。
そして布団の上にふわりと羽根を掛けてやる。
覚醒状態に現れる俺の羽根を、珠紀は温かいと言っていた。
これならすぐに寒気も治まるよな。
 「……ホントだ。温かい。ねっ、おーちゃん」
おさき狐を抱きしめたまま、嬉しそうに笑うと、安心して目を瞑る。
さっきまでの身体の震えも、大分落ち着いてきたみたいだな。
これでよく眠ったら、起きた時には元気な珠紀に戻ってるはずだ。
 「……ん? やべっ、俺が眠っちまってた!!」
添い寝しながら看病していた筈なのに、、布団の横で大の字になって眠っていた。
気付くと覚醒状態も解けている。羽根布団の効果はどうなったんだ?
 「ったく、俺は何をやってるんだよ」
呆れながら起き上がった俺は、心配になって珠紀の顔を覗き込む。
 「顔色も良くなってるし、もう大丈夫だな」
息遣いも落ち着いてるし、顔色も良くなっている。これならもう安心だ。
俺は珠紀の顔を見て、安堵の息を吐き出した。
 「ったく、心配させやがって。このバカが」
熱を計るついでに、額に掛かった前髪を退かしてやる。
 「ん」
珠紀の漏らした声で、起こしちしまったかと焦ったが、暫く眺めていても目を覚ます様子はない。
少し開いた唇から、規則正しい息を吐きだしている。
 「今日の俺は頑張った。ご褒美くらい貰っても、バチは当たらないよな」
誰に聞かせるわけでもないのに、そんな言い訳がつい口から漏れる。
柄にもなく緊張してるのか?
自嘲気味に笑った後、俺はゆっくりと珠紀の唇を奪う。
目を瞑って珠紀の感覚だけを味わうように、少しだけ長い時間そうしていた。
そんな静かな時間が流れる中、遠くで扉が開く音が聞こえてくる。
ゆっくりと顔を離すと、俺は自分の役割を果たし終えたことを確信した。

完(2012.09.17)  
 
 ☆ このお話は、碧生 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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