「看病」(1)

麗らかな春の昼下がり。
ベッドから見上げる窓の外には、気持ち良さそうな青空が広がっている。
 「今日は何すっかなー」
のんびりと空を見上げながら、俺はやる気のない声を出した。
高校を卒業し、晴れて浪人生となった俺は、それなりに忙しい毎日を送っている。
その殆どを宇賀谷家か大蛇家で過ごしてると言っても過言ではない。
 「過ごしてるっつーか、なんつーか。ただの受験勉強ってやつなんだけどな」
珠紀や拓磨、それから慎司のやつも、平日のこの時間は学校へ行っている。
俺と一緒に高校を卒業した祐一に至っては、大学へ通うために村を離れて、
今頃は一人暮らしを満喫中だ。
そして浪人生になった俺は、家で只管勉強に励む日々……なんて、
誰も思っちゃいないよな。そう、誰も俺を信用しちゃいなかったんだ、くそっ!!
 「鴉取くんの勉強は、私がみてあげましょう。
 珠紀さんたちが学校へ行っている間、私の家かババ様の処で。良いですね?」
何が“良いですね”、だよ。有無も言わせない迫力で迫ってきたくせに。
大蛇さんの取り澄ました顔を思い出して、俺はうんざりした表情を作る。
いつもだったらこの時間は、大蛇さんに扱かれている時間だ。
だけど今日は、久し振りに休みが貰えた。
 『すみません、鴉取くん。明日はババ様のお供で出掛けなければいけません。
 言蔵さんも一緒なので、貴方の勉強をみる者が誰もいない状態です。
 ですが、サボってはいけませんよ。勉強は日々の積み重ねが大切なんですから』
その後延々と小言が続いたが、俺は久し振りに舞い込んだ休日に浮かれていた。
たまの休みだ、たっぷり遊んでやるぞ……と意気込んではみたけどな。
珠紀たちは学校、祐一も村にはいない。一人で何しろっつーんだよ。
 「あー暇だー」
そう独りごちると、また空を流れる雲を見上げた。
 「あれ……オマエ、確か」
窓の外に向けていた視線が、小さな生き物を捉えた。
こちらを覗き込んでいるのは……。
 「珠紀がいつも連れてる、えっと。……そうだ、クリスタルガイ!!」
窓を開けて、おさき狐を部屋に招き入れてやる。
呼んだ名前が気に入らないのか、不満気な声で鳴いた。
 「どうしたんだ、オマエ。珠紀が授業中で、退屈して遊びに来たのか?」
 「ニッ」
珠紀の名前を聞いた途端、おさき狐の雰囲気が変わる。
鋭く鳴いて、再び窓の外へと向かった。
 「おっ、どした?」
俺が呆然と立ち尽くしているのが判ると、振り返ってもう一度鳴く。
それはまるで、付いて来い、と言っているように聞こえる。
こんなこと、前にもあったよな。あの時、おさき狐の後を追って行った先には、
真っ青な顔で頭を抑えている珠紀の姿があった。
 「おい、まさか珠紀の身に、何かあったとか言うんじゃねーだろうな!!」
 「ニー」
俺の言葉を肯定するように、おさき狐は一声鳴くと、再び走り出す。
くそっ、何があったつーんだよ。
不安を抱えたまま、おさき狐の後を追って家を飛び出した。
 
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