「儚い望み」(3)

突然現れた私を見て、真弘先輩は目を大きく見開いた。
 「な……なんで珠紀がここに居るんだよ!! おい、祐一。どういうことか説明しろ。
 まさかオマエ、俺を嵌めやがったのか!!」
 「見たままだ。珠紀はずっとそこにいた。……俺にも、みんなとの約束がある。
 珠紀の幸せを守ること。コイツを泣かせる者は、誰であろうと容赦はしない」
 「だからってオマエ、こんなやり方、……卑怯だろう」
顔を真赤にしながら悪態を吐いていた真弘先輩も、最後は観念したように小さく呟いた。
 「想いは言葉にしないと伝わらない時がある。……お互いにな」
勇気を出せと背中を押すように、私の肩を叩くと、祐一先輩は静かに図書室を去っていく。
扉がパタンと閉じられた途端、真弘先輩と二人きりになってしまったんだと、
急に戸惑いを覚えてしまった。
どうしよう。何を話したら良いんだろう。
でもここで離したら、もう二度と真弘先輩は私の傍にはいてくれないような気がした。
 「……真弘先輩」
 「うわぁ、何も言うな。何も言うなよ、珠紀。オマエは何も聞かなかった。
 そして俺も何も言わなかった。良いか、そういうことだからな。覚えとけよ」
私が真弘先輩に声を掛けると、驚いたように身体を震わせ、
慌てて私との距離を保つように後退った。
望むことが怖いと言っていた真弘先輩。近付けば私が消えてしまうと。
そんなことあり得ないのに。私が真弘先輩の傍から消えてしまうなんて、そんなこと。
 「嫌です。私、ちゃんと聞きました。真弘先輩が何を怖がって……」
 「止めろ、言うな!! だからオマエは何も聞いてない。頼むからそういうことにしてくれ。
 そうじゃなきゃ俺は……」
私が一歩近寄ると、真弘先輩もそのまま一歩後ろに下がる。距離が縮まらない。
それが悔しくて、意を決して駈け出した。そのまま勢い良く真弘先輩の腕の中に飛び込む。
 「うわっ、珠紀!!」
真弘先輩の身体に腕を回すと、ぎゅっと抱きしめる。これでもう離れることはない。
真弘先輩が無理にでも引き離せば、私に抗えないことは判っている。
そんな私の不安を判ってくれたのか、真弘先輩はそのまま受け入れてくれた。
 「珠紀……あのな……」
 「真弘先輩が望まないなら、私が望みます。ずっとずっと真弘先輩の傍にいるって。
 私の運命は、私の望みを叶えてくれます。真弘先輩に生きていて欲しいと望んだ願いは、
 きちんと叶えられました。だから今度も、絶対に叶います。私は真弘先輩と一緒にいたい。
 その望みは、絶対に叶えてみせます」
真弘先輩の肩に額を乗せたまま、私は一気にそう捲し立てる。
お願いだから、何処へも行ってしまわないでと願いながら。
私の言葉を聞き終えた真弘先輩は、小さく笑い声を漏らす。
 「んだよ、やっぱりそういうことか」
クククっと漏らす声が、耳元を擽る。
 「真弘先輩?」
不思議に思って顔を上げる。何だかすっきりした顔で笑う真弘先輩と目が合った。
 「俺の望みなんてのは、やっぱり叶えられちゃいなかったんだってことだよ。
 俺がこうして生きていられるのは、オマエがそう望んだことだからだ。
 それなら怖がる必要なんかねーよな。何をどう望んでも俺の願いは誰にも届きやしない」
 「そんなこと!!」
 「良いんだよ、それで。俺には誰かに叶えてもらうような望みなんか要らねーんだから。
 俺は自分がやりたいと思ったことを、自分の意志で叶えてやるんだ。
 ……それがムリでも、どうせオマエが望んでるんだから、結果は同じだよな」
そう言って明るく笑い飛ばす真弘先輩に、私は嬉しくなって、溢れる涙を止められないでいた。
 「……泣かせちまって、悪かったな」
 「これはただの嬉し涙ですから許してください。でも、もう悲しい涙は嫌です」
 「ああ、判ってるよ。俺もごめんだ。……もうオマエを泣かせない。これはその誓いだ」
そう言ってくちづけを交わす。この先ずっと離れないという誓いのキス。
この温もりは久し振りな気がする。ずっとずっと望んでいた安らぎの場所。
この温もりもこの場所も、もう絶対に離さない。私の望みは真弘先輩の望みを叶えることだから。

完(2012.07.15)  
 
 ☆ このお話は、あじじ 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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