「お弁当」(1)

春が来たら、真弘先輩は高校を卒業してしまう。
一緒に学校へ行ったり、帰ったり、そういうことも、もうできなくなってしまうんですね。
そんな風に、感慨に耽っていたら、急に真弘先輩が大声を上げた。
 「俺は、学校で彼女の手作り弁当を食う、ってのが、ガキの頃からの夢なんだ!!」
先輩、それ、何のアピールですか?
 「卒業する前に、絶対に食いたい!!」
と言い張る真弘先輩に、私は快く了承する。
そんなこと、早く言ってくれれば良かったのに。
お昼ご飯はいつも、購買で買ったやきそばパンを食べている真弘先輩。
それはもう、美味しそうに食べてるんだもん。
とても、お弁当を作ってきたい、なんて言い出せる雰囲気じゃなかった。
本当は、言いたかったんですよ、私だって。
先輩に、私の手料理、食べてもらいたいって、ずっと思っていたんですから。
境内に続く階段の下で真弘先輩と別れると、私は一目散に台所へと直行する。
冷蔵庫に首を突っ込むような格好で中身を物色していると、美鶴ちゃんに声を掛けられた。
 「珠紀様、いったい何を・・・」
 「美鶴ちゃぁ〜ん、お弁当のおかず、何にしよぉ〜」
初めて真弘先輩に食べてもらう手料理だもん。
どうせなら、とびきり美味しいものを、って思うんだけど。
冷蔵庫の中にある豊富な食材を前にすると、何を作って良いのかとても迷ってしまう。
 「あの・・・私の作るお弁当に、何か至らない点でも・・・」
縋るような私の言葉に、美鶴ちゃんは不安そうな顔をする。
 「あっ、違う、違う。美鶴ちゃんが作ってくれるお弁当は、毎日美味しく頂いてます。
 そうじゃなくて、明日、真弘先輩にお弁当を作ろうと思って・・・」
 「鴉取さんに、ですか?」
合点がいった、という顔をした美鶴ちゃんは、
 「冷蔵庫の中身はすべて覚えていますから」
と微笑んで、私を居間に誘った。
テーブルを挟んで向かい合わせに座ると、二人でお弁当の献立を考え始める。
 「鴉取さんのお好きなものは・・・」
 「やきそばパン」
さすがに、お弁当にそれは・・・なんだけどね。でも、他に思いつかない。
真弘先輩って、好き嫌いなく、何でも食べるんだもん。
家で夕飯を食べていくときも、美鶴ちゃんの作ったお料理、それはもう美味しそうに食べるし。
でも、絶対に負けない。私だって、美味しい料理、作れるんだってとこ、見せるんだから!!
 「唐揚げやエビフライは、お好きですよ」
以前、祐一先輩の策に嵌まって、真弘先輩と拓磨が、暫く家に泊まってたことがあったっけ。
あの時、美鶴ちゃんは三人分のお弁当を作ってた。それぞれおかずが微妙に違ってて・・・。
確か、真弘先輩のお弁当には、エビフライが入っていたよね。
美鶴ちゃんって、みんなの好きなもの、覚えてるんだ。すごいなぁ。
 「真弘先輩。私のお弁当からも、よく唐揚げを摘み食い、するのよね」
うん。メインのおかずは、唐揚げとエビフライにしよう。
持っていたメモ帳に、決まった献立を羅列する。
 「ケチャップで文字を書いたり、桜でんぶをハート型に敷き詰めたり、ってのは
 さすがにちょっとやりすぎだし・・・」
 「ハート型、ですか?」
 「うん。定番の愛情表現だもん。でも、さすがに、それはちょっと恥ずかしいよ」
お昼には拓磨達も一緒なんだしね。
 「・・・ハート型、・・・定番の愛情表現」
美鶴ちゃんは、何かに思い当たったような顔をして、その言葉を繰り返していた。
どうかしたの?美鶴ちゃん。
 
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