「見つめる先に・・・」(1)

久し振りの青空に誘われて、屋上にやってきた。
今はまだ授業中。本当なら今ごろは、眠い目を擦りながらでも、机の前に座っていないといけない時間。
 「だって、こんなに良いお天気なんだもん。教室にいるなんて勿体無いじゃない・・・なんてね」
学生にあるまじき発言に、自分でも何となくおかしかったことに気づき、つい笑ってしまった。
 「んー、それにしても、気持ち良いぃ」
大きく息を吸うと、雪解けの澄み切った空気が、春の近いことを教えてくれる。
 「真弘先輩って、いつもこんな風景を見てたんだなぁ」
屋上への出入り口、その屋根の上に立ってみる。
ここは真弘先輩の特等席。そう言えば、初めて逢ったときも、先輩はここに座っていたっけ。
大好きな人がいつも見ている風景を、自分も一度見てみたい。
そんな好奇心に負けて、ここまで登ってきてしまった。
季封村にはあまり高い建物がないせいか、ここからだと随分遠くまで見渡せる。
真弘先輩は、何を思いながらこの風景を見ていたのだろう。
運命を受け入れようとしていたあの人は、この風景をどんな思いで・・・。
 「こら、お前!! 授業サボって、こんな所で何をしてる!!」
思考の内側に沈み込んでいた私は、屋上に響いた怒鳴り声で、現実の世界に引き戻された。
 「ごめんなさーい」
やばっ、先生に見付かった。
慌てて下を覗いてみると、不敵な笑みを浮かべた真弘先輩が、上を見上げて立っていた。
 「なーんだ、真弘先輩かぁ。もぉー、ビックリさせないでくださいよぉ」
怒鳴り声の主が先生ではなかったことに安堵して、ちょっと拗ねた口調で抗議する。
 「あっはは、驚いたか・・・って、バカ、お前、何して、ってか、降りろ、良いからそこから降りろって、早く!!」
屋根の端に立って下を覗いてた私を見上げていた真弘先輩は、急に真っ赤な顔でうろたえ始めた。
 「真弘先輩、どうしちゃったんですか? ここ、すっごい気持ち良いですよ、先輩もどうです?」
 「どうです、じゃねぇー!! 良いから、そこから降りろって。だぁー、もぉ、ちったぁ、俺の言う事を聞け!!」
 「えぇー、せっかく綺麗な風景、満喫してたのに・・・」
小さなため息を一つ吐くと、渋々ながら、真弘先輩の言葉に従うことにする。
登ってきたときと同じように、出入り口とは反対側にあるハシゴを使って下に降りると、
パタパタと小走りで真弘先輩の傍まで戻ってくる。
 「いったい、どうしたって言うんですか?」
 「どうしたも、こうしたもない。お前は上に登るな!!特に他の連中がいるときには、絶対にだぞ!!」
まだ赤い顔のままの真弘先輩は、そう言って私に詰め寄った。
 「他の・・・って、拓磨達のこと? えっ、なんで?」
先輩、いったいどうしちゃったの? 確かに、あそこから落ちたら怪我するかも知れないけど・・・。
ううん、落ちることを想定するなら、拓磨達がいた方が、助けてもらえる率は高くなるはず。
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされた状態のまま、真弘先輩の返事を待つ。
私と目があった真弘先輩は、更に顔を赤くして、そのまま俯いてしまった。
 「な、なんでって・・・。そんな格好で、あんな端っこに立ったら、その、み、見えちまうじゃねーかよ」
 「見えるって、何が・・・あぁー!!」
相変わらずクエスチョンマークのままの頭で、出入り口の屋根を見上げる。
そして、気が付いてしまった。あそこに立ってたら、確かに見えたかも・・・。
 「先輩、見てませんよね。私の・・・スカートの中」
急に恥ずかしくなって、懇願するように問い質す。
 「見てねぇ。俺は、なんにも見てねぇーぞ!!」
聞かれた真弘先輩も、思い切り首を横に振って否定する。
 「つーか、良いんだよ、俺は見たって。だって、お前は、その・・・」
最初の威勢の良さは何処へやら、どんどん小さな声になっていく。
 「・・・俺の女なんだからよ」
最後には、聞こえるか聞こえないかの声で、そう付け加えた。
それから気を取り直したかのように大声を出す。
 「だけど、他の連中が見るのは、ぜっ・たい・に、許さねーからな!!」
『絶対に』」を区切って強調させながら言う真弘先輩に、私はただ素直に頷いた。
きっと、真弘先輩に負けないくらい、私の顔も赤くなっているんだろうな。
さっきから、どんどん熱が上がっていくのが、自分でも判る。
スカートの中を覗かれたかも知れない、恥ずかしい・・・って気持ちも、確かにあるんだけど。
それよりも、真弘先輩が小さな声で付け加えてくれた言葉の方が、私の心の中を嬉しい気持ちで一杯にする。
幸せな気分に満たされて暖かくなった気持ちと照れくささが入り乱れて、身体中の熱が更に上がっていく。
そんな熱を冷まそうとするかのように、春の風が二人の間を通り過ぎていった。
 
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