「護身術」(2)

渋々了承したはずの拓磨だったけれど、私が真剣に体術を覚えたいことを判ってくれた後は、
真面目に教えてくるようになった。
ただし、その交換条件として、『ある程度の技が身に着くまでは、森への見回りには行かないこと』。
そう約束させられている。
 「ねぇ、おーちゃん。拓磨に体術を教えてもらい始めてから、もう大分経つよね。
 祟神の姿も、殆ど見かけなくなった・・・って、卓さんも言ってたし。
 そろそろ森へ行っても、良いと思わない?」
日曜日。縁側に座りながら、おーちゃんと日向ぼっこをしていた。
守護者のみんなは、いつものように森の見回りに行っている。もちろん拓磨も一緒に・・・。
 「確か、拓磨は沼の辺りを見回ってるんだったよね。ちょっと、行ってみようかな」
 「ニッ!!」
私がそう言って立ち上がると、おーちゃんが心配そうに鳴く。
 「大丈夫だよ。ムリはしないから」
おーちゃんは止めてもムダだと思ったのか、玄関に向かって歩き出した私の影に、慌てて潜り込む。
私は家を出ると、拓磨を追い掛けて、沼まで行くことにした。山道の脇を抜けて、森へと足を進める。
もう少しで沼まで辿り付くところまでやってくると、向こうから何かの気配を感じた。
 「拓磨、いるの?」
林の向こうに声を掛けると、目の前に現れたのは・・・。
 「た・・・祟神」
身体のあちこちに傷を負って、明らかに興奮している様子の祟神が、こちらを向いて立っていた。
あの傷・・・もしかして、拓磨がやったの?
致命傷に近い傷口から、ダラダラと褐色の液体が毀れ出している。
 「一体くらいなら、私にだって何とかなる。拓魔に教わったことを、実践するんだから・・・。
 ま、まずは、相手と目を合わせたら、絶対に逸らしてはいけない」
祟神と対峙しながら、拓磨に教わった体術の極意を諳んじた。
今にも飛び掛ってきそうな祟神と目を合わせると、緊張で足が震え出す。
 「それから・・・」
 「それから、無闇に相手の間合いに入り込まず、自分のペースを保つこと」
私の言葉を引き継ぐと、拓磨が私を庇うように、祟神の間に立ちはだかる。
やっぱり、この祟神に傷を負わせたのは、拓魔だったんだ。
 「怪我はないな?」
私を気遣うようにそう尋ねると、祟神との距離を測る。
堪り兼ねたように咆哮する祟神が、こちらに向かって走り出した。
 「そして、チャンスが来たら、一気にぶちのめす!!」
襲い掛かる祟神の一撃を、軽い身のこなしで避けると、握った拳がそのまま祟神の身体に減り込んだ。
勢いのまま吹き飛ばされた祟神は、大木にその身を激突させ、力なくその場に崩れ落ちる。
後は、そのまま灰のように薄くなり、風に舞って消えていく。
 「じ、実地訓練、修了だね」
緊張の糸が切れた所為か、私は拓魔にそんなことを言っていた。
力なく微笑んだ私とは対象的に、拓魔は不機嫌そうな顔で怒鳴りつける。
 「こんな危険な目に合わせる為に、俺はお前に、体術を教えてたんじゃないんだぞ!!」
 「えっ、違うの?」
体術を実践するときって、大概は危険な場面だと思うんだけど・・・。
 「当たり前だ。あれは・・・ただの護身術なんだよ。もっとこう、違う相手を想定して・・・」
私の疑問に、拓魔はそう答えを返すと、途中で不味いことを言った、という風に顔を顰めた。
 「・・・拓磨。いったい、誰を想定してたの?」
 「た、例えばだな。お前に、不貞を仕掛けるような、その・・・」
真っ赤な顔で狼狽える拓魔は、私が誰かに襲われたときに、身を護れるようにするためだったと説明した。
 「えーっ、そんなことする人、いないよ。
 ・・・それに、もし、そんなことがあったとしても、そのときには、拓磨が護ってくれるんでしょ?」
拓魔が実在の人物を想定していたのかは判らないけれど、玉依姫でもある私を、村の人が襲うなんてこと
あり得ないと思う。でも、もしも、本当にもしも・・・の話だけど。
そんなことがあったとしたら、私は拓魔に護ってもらいたい。
 「俺が?」
 「うん。だって約束してくれたじゃない。ずっと、傍にいるって・・・」
鬼斬丸の封印を護るために。そして、解放された鬼斬丸を再び封印するときも。
ずっと私の傍にいてくれた拓魔。
そして、平和が訪れたあの日、これから続く未来にも、一緒にいてくれると約束してくれた。
 「拓魔と一緒に居たいから・・・。だから、私、拓魔に体術を教えてもらってたんだよ。
 卓さんに術を教えてもらってたのだって、拓魔の足手纏いにはなりたくないから・・・」
相手が人間なら、拓磨に敵う人なんていない。でも、さっきのように祟神が相手だったら・・・。
私を庇って戦うことが、不利になることだってある。
拓魔の傍にいたい。でも、それだけではダメ。護られてるばかりなんて、絶対に嫌。
 「何かあったときに、私だって拓魔を護ってあげたい!!」
そう叫んだ私は、急に目の前が真っ暗になる。
一瞬のことで何が起こったのか判らなかったけれど、気付くと私は、
拓魔の腕の中で、暖かい温もりに抱きしめられていた。
 「バカ。・・・一緒に戦ったりしなくたって、俺はずっと、お前に護られてるんだよ。
 傍に居てくれるだけで・・・。ずっと・・・精神的に・・・」
そう呟くと、抱きしめている腕に力を込める。
 「・・・それにな。・・・俺にだって、敵わない奴くらい、いるんだぞ」
『お前だよ』。 そう囁いた言葉が、いつまでも耳に残って離れなかった。
 「明日からは、私も一緒に見回りに行くからね」
拓魔の傍にいられることを再確認した後、私は高らかにそう宣言する。
 「勝手にしろ」
諦めたようにそう言う拓魔の顔を見上げると、真っ赤な顔でソッポを向いていた。

完(2010.06.06)  
 
 ☆ このお話は、秋羽 仁 様へ20000HIT突破記念に贈らせていただきました。
   おめでとうございます。 あさき
 
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