「護身術」(1)

息が切れる。でも、立ち止まるわけにはいかない。
恐怖で後ろを振り返りそうになるけれど、それよりも今は、走ることに専念しなければ・・・。
木の根に足を取られそうになるのを、必死でバランスを保ち続け、何とか倒れるのを免れていた。
 「はぁ、はぁ。・・・後もう少し。あの林を抜ければ、山道に出られる」
山道まで行けば、そこは人間が暮らす世界。カミ達も、そこまでは追って来られない。
後少し。そう思ってホッとした瞬間、後ろから羽交い絞めにされてしまった。
いけない!! 追いつかれた。
声を出したくても、息が上がっていて、悲鳴すら出てこない。
身体の自由を奪われた私は、それでも何とか抵抗を試みる。
 「落ち着け、珠紀。俺だ」
強い力で押さえ込まれている身体を、何とか振り解こうとしていると、
耳元で聞き慣れた声が聞こえてくる。
 「・・・えっ? たく・・・ま?」
抵抗を止めて振り向くと、心配そうな顔をする拓磨がそこにいた。
 「・・・どうして?」
 「それは俺の台詞だ。いったい、何をやっている?」
拓磨の質問に、すぐに答えることができなかった。
拓磨の腕の中にいる事実に、漸く安心することできた所為か、
さっきまでの恐怖を思い出して、身体が震えてしまう。
そんな状態に気付いたのか、拓磨はそれ以上何も聞かず、
倒れそうになる私を、抱きしめるように支えていてくれた。
 「ごめん、もう大丈夫。ありがとね、拓磨」
暫くして落ち着いた私は、拓磨にお礼を言うと、彼の腕の中から抜け出した。
 「で? どうしてこんな事になってたんだ?」
赤くなっている顔を誤魔化すように、視線を逸らしながら、そう尋ねてくる。
 「私も、見回りに参加しようと思ったの。私だって玉依姫なんだもん。
 守護者のみんなにばかり、任せっぱなしなんておかしいでしょう」
たとえ短い間でも、鬼斬丸が解放されたことは、この世に存在するすべてのカミに対し、
何らかの影響を及ぼした。
今は完全に封印されているけれど、まだその影響が残っている。
守護者のみんなは分担して、カミの住む領域でもある、この森の中を見回ってくれていた。
それなのに、玉依姫である私だけが、何もしないで待っているなんて、とても我慢できない。
それに、『カミへの影響も、大分落ち着いてきている』と、卓さんからの報告も受けていたから、
私が参加しても大丈夫だろう。そう判断した。だけど、それは少しばかり、無謀だったみたい。
 「森の中を歩いてたら、溺神に遭遇しちゃったの。あれは、誰にも祀られなくなった可哀想なカミ様だもん。
 祟神のように倒しちゃうわけにいかないでしょう。でも、言葉は通じないし・・・。それで、逃げるしかなくて」
目を合わせても、以前のように取り込まれるようなことは、もうないけれど、囲まれて行く手を阻まれたら、
そう簡単には解放してくれそうにない。説得しようにも、私の言葉を理解してくれそうにはないし・・・。
仕方なく、おーちゃんに注意を引き付けてもらい、その場から逃げ出すことにした。
 「このバカ!! そういう事は、俺たちに役目なんだよ。お前は、そんなことしなくて良いんだ」
私が、こうなった状況を説明していると、拓磨が急に怒り出す。
 「どうして? 私にだってやれる事くらい、あるよ」
 「それが見回りだって言うのか? たまたま今回遭遇したのが溺神だったから、逃げられただけなんだぞ。
 これが祟神だったらどうなってたと思う!!」
 「そんなの、ちゃんと倒せるよ。私だって、以前に比べたら、強くなってるんだから!!
 卓さんに術だって教えてもらっているし、おーちゃんも一緒に戦ってくれる」
拓磨に、『役に立たない奴』だと言われているような気がして、少し悲しくなった。
私だって、みんなの役に立てるんだから・・・。
それを拓磨に判ってもらいたくて、私は反論する。
 「大蛇さんくらい術の力が強ければ、倒せるだろうけどな。お前にはムリだ。
 あの太い腕に一振りされたら、あっという間に弾き飛ばされる。
 避ける為の技も身に付けてないお前には、分が悪すぎるんだよ」
 「・・・そんな事」
ない、と言いたかった。けれど、拓磨の言葉が正しい。
私の術や、私が持っている力を注いでおーちゃんをぶつけても、逃げる隙を作るだけが精一杯だ。
もし追いつかれたら、きっと逃げられない。
 「判っただろう。だから、お前は大人しく・・・」
 「じゃぁ、拓磨が教えてくれれば良いじゃない。私に体術を!!」
術が効かないんだったら、他の方法で戦えば良い。私にだって、まだ何かできることがある。
待っているだけなんて、絶対に嫌!!
私は拓磨の言葉を遮るように、そんな提案を口にする。
 「ダメなの? 拓磨が言ったんだよ。避ける為の技も身に付けてないって・・・。だから、教えて」
 「教えて・・・って、簡単に言うなよ。そんなの身に付けなくても、危険な所に首を突っ込まなきゃ、
 必要ないだろう」
私の言葉に、拓磨が狼狽える。
 「じゃあ、良い。他の人に頼むから。真弘先輩の戦い方も、拓磨と同じで接近戦だもんね。なら・・・」
 「あの人はダメだ!! いや、他の奴もダメだ。・・・判ったよ。俺が教えてやる」
拓磨は諦めたように溜め息を吐くと、二つ返事で引き受けてくれた。
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