「望み」(2)

それから暫くして、卓さんがお茶を乗せたお盆を持って、居間に現れた。
 「お待たせして申し訳ありません。お茶もお出しせずに・・・。退屈ではありませんでしたか?」
 「いえ、そんなこと、全然。
 私の方こそ、お疲れの卓さんに、お茶くらい用意しておけば良かったのに・・・。
 気が利かなくてごめんなさい」
 「そんなこと、気にしなくて良いのですよ。
 貴女がこうして待っていてくれただけで、私は嬉しいのですから」
目の前に湯飲みを置きながら、卓さんはそう言ってくれたけれど・・・。
なんだかどんどん落ち込んでいく。
卓さんの周りには大人の女性がたくさんいて、私なんて、まるで手の焼ける子供みたいだ。
 「どうかなさったのですか? 元気がないように見えますけど・・・」
 「そ、そんなことないです。あの、ホントに・・・」
心配そうな顔で私を見る卓さんに、私は首を振って否定する。
そして、見たくないと思いながら、視線がどうしてもパソコンの方へと向いてしまう。
慌てて逸らしたけれど、卓さんにはすぐに気付かれてしまった。
卓さんも、同じようにパソコンの方へと顔を向ける。
 「見てません!! ・・・ううん、嘘です。ごめんなさい。本当は、見ちゃいました」
さっきまで開いていたはずのパソコンの蓋が、閉じられている。
これでは見ていないと言っても、通用しないよね。
私は素直に見てしまったことを謝罪する。
 「別に構いませんよ。特に見られて困るようなものはないですから」
 「嘘です。だって、メールが・・・」
 「メール? 何か来ていましたか?」
 「中味は読んでいません。でも、差出人の名前は女の人ばかりでした」
俯いてそう呟く私に、卓さんは、ふふっと声を漏らして笑った。
 「何が可笑しいんですか!! こんなことくらいで怒るなんて、子供みたいだからですか?
 確かに、卓さんやほかの人に比べたら、私は子供かもしれない。
 けど、卓さんを好きなのは、誰にも負けたりなんて・・・しない・・・です」
たまらずに声を荒げてしまった私は、気が付くと卓さんの腕の中にいた。
 「怒らせてしまって申し訳ありません。貴女が可笑しくて笑ったのではないのですよ。
 ただ、とても嬉しかった。貴女が、そうして嫉妬してくれたという、そのこと事態が・・・」
 「嬉しかった・・・んですか?嫉妬する私が」
 「えぇ、それはもう。だって、いつもの逆なのですからね」
そう言って、まるで愛しい者を抱くように、腕に力を入れる。
 「いつも貴女はここで、今日あった出来事を、それは楽しそうに聞かせてくれる。
 貴女の毎日は、眩しいくらいに輝いていて・・・。私はそれを聞くことが、とても楽しいのです。
 けれどその反面、とても淋しい気持ちにもなる。
 その場に一緒にいられないことが、どれほど辛いことなのか、貴女は気付いてもくれない。
 貴女と共に過ごす鬼崎くんや犬飼くんに、私がどれだけ嫉妬していたと思いますか?」
 「拓磨たちに・・・。卓さんが?どうして?」
 「貴女を愛しているからです。
 愛する人の、時間も、空間も、そしてその人自身も、それらすべてを自分のものにしたい。
 そう思うことは、間違っていますか?」
卓さんの言葉に、私は首を振る。
間違ってなどいない。私だって、卓さんのすべてを独り占めしたい。
卓さんを、誰にも取られたくなんて、ないです。
 「私も、早く追いつきたい。卓さんに釣り合うような大人になりたいです」
 「無理をする必要はありません。貴女は貴女のまま、年月を重ねれば、それで良い。
 もちろん、それは私の傍で、ですけどね。えぇ、誰にも邪魔はさせませんから」
 「私を、傍に置いてください。この先も、ずっと・・・」
 「貴女が望むすべてを叶えると、そう誓いましょう」
そして、誓いの口付けを交わす。長い、長い口付けを。
どうか、私を離さないでください。卓さんの傍にいたい。それだけが、私の望み。
長い口付けの後、恥ずかしくて俯いている私の耳元で、卓さんはそっと囁く。
 「貴女が望むのならば、一足飛びに大人の女性になっていただいても、
 私は構わないのですけどね。いかがですか?今夜、私とご一緒に・・・」
えっ? それってどういう意味? 大人の女性って、もしかして・・・。
 「い、いえ、まだ、遠慮しておきます。当分は、このままで!!」
言葉の意味を理解した私は、顔を真っ赤にしながら、首を大きく振る。
 「おや、それは残念です」
私の反応を楽しむように、卓さんは微笑んでいた。

完(2010.04.29)  
 
 ☆ このお話は、秋羽 仁 様のために書きました。たくさんの感謝とともに。  あさき
 
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