第5章 セクター超越型リエゾン組織の今日的な意義


 まとめとして、本研究の成果として得られた理論的枠組みを提示するとともに、本研究の主題である「セクター超越型リエゾン組織」について、その意義を再考したい。
 第1に、地域産官学連携のリエゾン志向のなかで、「セクター超越型リエゾン戦略」がいかにして公共政策として発現しうるか、典型的な事例の類型化を行い、その一般化モデルを提示する。
 第2に、このモデルを、地域イノベーションを志向する地域政策の現場において、幅広く活用可能なものとするために、モデルの含意を改めて論考し、政策提言とする。
 最後に、モデルの拡張可能な領域や、将来的な研究課題について提起する。

 

1.「セクター超越型リエゾン戦略」存立の一般化モデル

 1−1.戦略組織モデルの比較検証

 本研究で取り扱った事例のなかで、顕著な戦略組織(タスク・フォース)モデルの発現をみた3つの事例として、岩手大学地域共同研究センターのモデル、ジョイントバレー:シリコンバレーネットワーク(JV:SVN)のモデル、モデナのDEMOセンターのモデルを比較検証する。3つのモデルから、一般化可能な条件を探ってみたい。

 【モデル−1】モデナDEMOセンター
 地域の中小企業の研究開発志向の内発性の要請に呼応して、産官学セクター間の障壁を乗り越えるために、州政府主導の戦略的なリエゾン組織化が採用された。草の根の地域中小企業の最前線であるモデナ商工会議所所有の施設内に大学や国立研究機関の研究室ブランチを設置させるという、いわば「誘致戦略」に打って出た。
 (1) 火急的な産官学連携が必要とされる明白な危機状況があり、(2) もとより企業家と州政府官僚との間に築かれてきた柔軟な発意−合意の調整関係があった。また、(3) 制度的硬直が歴史的に常態化しているために、この地域ではタスク・フォースそのものが継続的に頻発する情況が長く続いてきている。

 【モデル−2】JV:シリコンバレーネットワーク
 シリコンバレーのハイテク集積の過程で自生した、個人主義的なコミュニティは、その紐帯の弱さゆえに 、地域経済の危機的情況に対応する柔軟性をもちえなかった。これに対して、旧来の狭い領域を超えたかたちで内発的なリーダーシップが興り、周縁に取り残されていたアクターを巻き込んでの相互連携が試みられた。シリコンバレー的なアントレプレナーシップ精神に「社会的拡張」を試みようとする、新たな政府システム(NPO)主導のタスク・フォースが組まれた。
 (1) 多様な主体が明白に共有できる危機的情況があり、(2) シリコンバレーが培ってきた柔軟かつ経済力・政治力に富んだリーダーシップの存在があり、(3) また旧来のハイテク集積地域のネットワークと周辺地域の分立のなかには制度的な硬直があった。さらには、(4)オフィサーレベル、マネジャーレベルの多層的なリエゾン戦略があり、なおかつトップエグゼクティブの中央へのアドボケートや、草の根のビジネスコミュニティのネットワークが、リエゾンの多層性を揺るぎないものにした。また、(5)自治体や企業の成員たちに、積極的にNPOへの参加をオーソライズする、トップレベルの制度的リーダーシップがあり、多くの人間がいくつかの組織に多重帰属を図ることで、次第に間主観性としての「地域主体」が形成されていった。

 【モデル−3】岩手大学地域共同研究センター(1999-)
 大学の将来的存続への危機感と、地域の企業の内発性と研究開発志向の育成が、それぞれの火急的課題としてあった。初期の段階で官学の間にインフォーマル、フォーマル両面でのリエゾン志向が育まれ、「地域志向」へのセクター間の利益の一致が合意形成された。歴史的に中央志向の低いフラットな地域構造の下で、個々の政策が見通しよく有機的に連関し合って、多層的−多重的なリエゾン戦略が形成され、広く公共的な認知をみている。
 (1) 大学の危機的状況と地域の危機的状況(岩手においては歴史的に半ば常態化した)との協調があり、(2) 15年間にわたる過程のなかで、草の根レベルのネットワークからマネジャーレベルのリエゾン、オフィサーレベルのリエゾンが相互に連関し合って、独特の発意−合意過程の仕組みが形成されてきた。(3) インフォーマルなネットワークに参加する「自由」で「私的」な個人が、公共的な責任を担う職業的立場との二重、三重の帰属を積極化することで、「公共性」が確立されてきた。
 

図5−1

 図5−1は、3つのモデルの政策的な発現条件を比較したものである。左半分の「戦略的組織のフォーマライゼーション」は、公共的にオーソライズ(権威づけ、公正さの保障)されたフォーマルな組織機構を存立させている条件である。これは外部から容易に可視できる。
 右半分の「戦略的組織の発意−合意変成過程」は、ボトムアップな発意を合意に変成する過程を存立させる意思決定機構の条件である。発意責任としてのリーダーシップと、合意責任としての制度的リーダーシップの役割責任を果たしているキー・アクターを示した。
 

 1−2.発現過程、構造、具体的方策の一般条件

 以上の検証を踏まえて、公共政策としての「セクター超越型リエゾン戦略」の存立モデルを提起する。「セクター超越型リエゾン戦略」は、次のような発現過程、構造、具体的方策の条件を満たしたときに、実効性のあるものとして存立しうる。
 

図5−2


 

【発現過程上の一般条件】
 地域の産官学連携において、公共政策としての「セクター超越型リエゾン戦略」が発現するには、(a) 危機状況の共通認識、(b) リーダーシップの柔軟性、(c) 制度の硬直性、の3つの条件が必要である。

 (a) 危機状況の共通認識:

 地域イノベーションを目指した実効的な産官学連携が、既存の制度では困難であるという認識が、「地域が置かれた危機的状況」として、政策主体間に共有化される必要がある。

 (b) リーダーシップの柔軟性:

 柔軟なリーダーシップ(および制度的リーダーシップ)が発現し、タスク・フォースの政策過程を主導する必要がある。

 (c) 制度の硬直性:

 制度的環境が十分に柔軟であれば、戦略が発現する必要はない。制度が硬直的であるがために、タスク・フォースとしての戦略が必要とされる。

【構造上の一般条件】
 さらに加えて、「セクター超越型リエゾン戦略」を、戦略として十分に実効性あるものとして存立させるには、(d)多層的なリエゾン戦略、(e)多重的な帰属性の、2つの構造的な条件を満たすことが必要である。

 (d) 多層的なリエゾン戦略:

 リエゾン戦略には、戦略的な多層性が必要である。少なくとも、トップオフィサーレベルのリエゾン、マネジャーレベルの多層性が必要であり、どちらか一方が欠けても、リエゾン戦略の実効性は失われる。図2に示したように、この多層的な機構が、レイヤー間の「発意−合意変成過程」を保障することになる。
 

図5−3


 
 

 (e) 多重的な帰属性:

 リエゾン戦略には、異なる組織間を人が流動する人事的機構が必要である。そこには、ある組織(セクター)の人間に、別の組織(セクター)の帰属権利を「二重に」付与する意図が必要である。単なる出向人事・派遣人事の枠を超えた「積極的な二重の主観性の付与」によって、個人に体化した母体組織への「異化作用」に揺さぶりをかけることが可能となる。二重、三重の異化によって、個人主体は帰属組織に対するメタ・フィジカルな主観を持つようになる。そうした個人主体を戦略的に創出することで、タスク・フォースにおける擬態的な制度下で「間主観性」をより容易に現出しうる。
 多重的な帰属の方法としては、具体的には、1)空間の異動は伴わないが、異なる帰属の肩書きを付与する、2)異なる組織への空間的異動は伴うが、肩書きは特に付与されない、3)空間の異動を伴い、肩書きも付与される、の3通りの方策がありうる。以上のどれも有効である。ただし、いわゆる出向、派遣、転出、兼任など、人事制度の表面上の形式は特に問わない。戦略的な「役割使命の付与過程」と、母体組織(セクター)と相手組織(セクター)との「二重帰属性の認知(異化−同化)過程」が重要な意味を持つ。
 

図5−4


 

【具体的な方策】
 リエゾン戦略とは、組織・人事戦略である。導入のための具体的方策は、次のとおりである。

  (1) 戦略的なリエゾン人事:

 リエゾン人事の戦略的強化。ただし、前述したようなオフィサーレベル、マネジャーレベルの多層的な人事が不可欠である。

  (2) 戦略的なリエゾン組織の編成:

 戦略的なリエゾン人事の拡張によって、タスク・フォースとしての独立した組織体を編成する。地域イノベーションという共通目的の下に、戦略的な地域技術移転のコーディネーションを司る。
 

2.モデルの含意――政策提言として

 以上の戦略モデルを政策に活用するにあたって、どのようなことに留意すべきだろうか。また、どのようなこメリットが想定されるのだろうか。本研究の事例検証を辿りつつ、モデルの含意をいくつかのポイント(キーワード)に整理し、政策提言としたい。

 ◎リーダーシップの柔軟性

 リーダーシップは、欠くことのできない要素である。リーダーシップとは、決して上に立つものの役割ではなく、むしろ現場にいる個人主体が、外部環境の変化を察知して主体的に発揮するものである。組織に所属する成員を統率していく職務的なリーダーシップは、集団的・制度的リーダーシップであり、前者とは区別される必要がある。前者の発揮は、身分・所属に関係なく個人が発揮すべきものであり、後者は集団の役割分担のなかで、他者との関係のなかで発揮されるステーツマンシップ(政治的手腕)としてある。
 

 ◎水平的でオープンなネットワーク組織

 リエゾン戦略には、インフォーマルにせよフォーマルにせよ、何かしら水平的なネットワーク組織が必要とされる。内にも外にも開かれていて、参加も退出も自由な場があることで、多重帰属や人材流動性を構想し実現するためのプラットフォームとなりうる。情報やマッチングの効率を高め、信頼性を築き上げる。
 ハーバード大学の学生、ダラ・メナシが、JV:シリコンバレーの92〜93年の活動にかかわった200人を無作為に選んで行った電話調査に、ネットワーク組織の参加についての興味深い分析結果が出ている。個人が感じている参加へのメリットは、(1) 人脈の拡大:知人の数が増大した、(2) 情報へのアクセスの増加:異なる情報源からのより多くの情報収集、(3) 行動が変化:個人の性格がより協力的で市民的になった、(4) 他者への態度が変化:シリコンバレーの人々のことをオープンで協調的であると思うようになった、の4点に要約している。さらに加えて、メリットの認知を強化させる要因として、(a) 個人が公式に帰属している組織が経済的にジョイントベンチャーを支援しているか、(b) 個人的に関係者を知っている、あるいは、(c) 参加頻度が高いなどの理由で、外的・内的に前向きであればあるほど、共同作業プロセスにおいて参加者が得たものが多いと感じられているという結果を得ている(JV:SVN[1996])。
 これらのメリットは、「市場」の効率性向上の論理としても説明できる。メナシが挙げた参加メリットの4点のうち、最初の2点は、新たな制度環境への変容によって、不完全な情報下での「情報コストの削減」が実現されたという経済性の論理(Stiglitz[1986])で説明できる。あとの2点も、市場の逆選択(Akerlof[1970])を生んでいた慣習的なシグナル効果(Spence [1974])の要因が取り除かれたことによって「信頼のメカニズム」が向上し、市場の均衡水準を上げていると説明できる。
 

 ◎タスク・フォースのライフサイクル

 タスク・フォースは、危機的状況やボトムアップのリーダーシップに強く動機づけられ形成されるため、時が経てば所期のエネルギーは過去のものとなり、世代交替とともに、現場のリーダーのキー・パーソンの多くが、制度内部のエリートモデルを形成する制度的リーダーシップの役割へ移行していく。制度に変容を促し、所期の目的の制度への「埋め込み」が果たされれば、戦略としての役割を終える場合もある。しかし、地域イノベーションにおいては、政策そのものが、本源的に「変化」を重視するものであるため、絶えざる制度の柔軟さ、リーダーシップの柔軟さを保障するために、長きにわたって、制度の外でタスク・フォースとしての機能を果たし続けることが要請されるだろう。
 

 ◎政府(government)の重要性

 今日の産官学連携においては、産学に対する「government」は、地域政策を推進するうえで欠かせない重要なセクターである。国家という制度がある限り、制度の現実を客観的に見据えて、中央からの公共政策や補助金を、地域のアクターに公正かつ戦略的にコーディネーションし、地域イノベーションに資するプラットフォームを擁立する必要がある。そのためには、現在の地方や地方官僚が縛られている閉塞情況を、地域のアクターがより客観的・俯瞰的な視点で理解し、打開の道を共に考えていくしかない。
 長く中央志向の高い制度的環境に置かれてきた地域主体には、国家の全体最適に依存する時代から、地域の全体最適を志向する時代への意識改革が要請されている。少なくとも地域イノベーション、地域技術移転の優位を確立するには、セクター超越型リエゾン志向の存立は不可欠である。
 

 ◎手続き的規範の遵守による自己言及的な権威づけ

 リエゾン戦略には、公正な手続き的規範を構築していくことが不可欠である。漸進的にしか変容しえない制度を、ワンマン政治ではなく、現場の発意・創意主導のタスク・フォースで急ぎ足で変容させるためには、現場の個人の裁量を絶えずサポートし、制度的リーダーシップのオーソライズによって、一部のリーダーに重責の偏りがちな責任を、集団が絶えず共有し、責任を肩代わりするための手続き的な合意形成の過程が必要である。
 ドイツの事例でみた行政手法には、そのような厳正な手続き的規範をみることができる。また、本研究に用いたジョイントベンチャー:シリコンバレーネットワークの報告書や、岩手大学地域共同研究センターの報告書における、客観的かつ自己言及的な記述・評価・分析のなかに、法の精神の下で、公正な答責性を制度化しようという意思がみられる。地域リエゾン組織は、事業体の前に「政府」である。事業のプロセス・マネジメントの枠を超えて、自らの政治的な政策過程への反省的な自己評価・客観評価が必要である。
 

3.モデルの拡張――将来の研究課題として

 3−1.理論的枠組みの掘り下げ:「制度」に対する「自己改革的な戦略」
 本研究は、地域における産官学連携という、きわめて社会的現実的な政策への提言に資するために、積極的に学際的なアプローチをとっている。主に立脚するのは、経済学、政治学、法学からの新旧の制度学派のアプローチである。これらをベースとした独自の理論的枠組みを明確化し、今後の理論的掘り下げのベースを提起しておきたい。
 政策の分析においては、その「構造」と「過程」の両面を明晰に分別することに留意する必要がある。例えば、「セクター超越型リエゾン志向」を制度に「埋め込まれた」ものとしてみる場合には、それは制度や政策内容の「構造」をみることになる。一方、「セクター超越型リエゾン戦略」がいかにして発現したか、その契機や発意−合意変成過程、制度への自己改革的な働きかけに着目する場合、それは制度変容や政策形成・実行の「過程」をみることになる。
 まず「構造」をみる場合の枠組み、新制度学派の理論的枠組みに与せば、次のように説明できる。人や組織は、歴史的な経路に依存(path dependent)して形成されてきた慣習的なルールの枠組みによって行動する(David [1985])。このルールの集合こそが「制度」である(North[1991])。このような制度は、容易には変化しない。制度を変容させることを「制度化」という。「制度変容=制度化」が発現するには、一定の量のアクターが、一定の期間、ある新たな行動パターンを持続的に行い続けることによって、旧来の制度の均衡の崩れを喚起する必要がある(青木[2001])。以上の定義にもとづいて、地域の各政策主体が置かれている環境を、「制度的環境」として捉えることができる。
 他方で、リエゾンの機能不全に陥っている「制度的環境」に対して、「リエゾン戦略」がいかに発現し、いかなる働きかけを行い、いかにして変化を促そうとしているか、その実効性はどのようなものか、政策過程の分析が必要となる。ここでいう「制度」と「戦略」の関係を、制度論の既存の枠組みに従って定義しておきたい。本研究でいう「戦略」は、青木[2001] が、図5−5の左図において示しているような、制度の自己維持システムにおける「戦略」とは異なる。この場合は、ある制度下で発生する行動のバリエーションとしての「戦略」である。《制度は均衡現象として、他者が無視しない限り、いかなる経済主体によっても無視できないものであるがために、彼らの戦略選択を条件づける。共有予想をもととした経済主体の戦略選択の結合生産物として、均衡状態の再生産が実現し、その要約表現がさらに補強される。かくして制度は自己維持的であり、そこに縮約された情報は経済主体によって当然のものとみなされるようになる》(青木[2001] p16)
 このモデルは、制度の自己維持性を説明するためのものである。青木はこれとは別に、制度変化のメカニズムを説明する理論についても言及している。
 《現存するルールのセットが、経済主体の抱かれた望み(アスピレーション)に比較して満足のゆく結果をもたらさらないとき、経済主体は自分の主観的ゲーム・モデルの関連性と有用性を疑問視し始めるだろう。とりわけ、彼らは行動選択のレパートリーの拡張、すなわち活性化された選択の部分集合の次元の拡張を含む新しい戦略的選択(ルール)をサーチし、実験するだろう》(青木[2001] pp260-261)
 制度論に、主体の《主観》と《認知的側面》を持ち込んだとき、このような制度変化に着目した記述が可能になる。このとき登場してくる《新しい戦略的選択(ルール)をサーチし、実験する》ための戦略が、私が本研究でいうところの「戦略」に当たる。青木[2001]は、木村資生による分子進化の中立説をアナロジーしたモデルなども挙げながら、変化の引き金要因や内的な累積メカニズムについてもいくつかの仮説を吟味している。青木[2001]の提起した枠組みを援用して言い直せば、次のようになる。

 制度に対する「自己改革的な戦略」は、十分に客観的妥当性のある外的変化(ex. 技術革新、規制緩和、有事緊急事態、域際的レジウムの変化など)が引き金要因となる。さらにこれらの要因による内的なインパクトの累積、例えば、旧来のゲームのルールの正当性もしくは実効化が期待した結果をもたらさないようになり、さらには《現存する制度配置に対して中立的もしくは若干非最適な、相当量の突然変異的行動選択とそれに関した能力が内部的に累積する(Kimura[1983])》といった過程を経て、初めて制度に変化がもたらされうる。こうした条件を満たさない偶発的な戦略では、既存の制度は容易には変化しえない。

 青木の先述の自己維持的システムのモデルの枠組み(図左)を拡張的に援用し、図5−5の右図に、そのような「自己改革的な戦略」の発現モデルを提起した。

図5−5

 地域の産官学連携を仮に1つの大枠のドメインとすれば、経済主体は、産官学民の雑多なアクターで構成される。このうち「現存するルールに不満足で、行動選択のレパートリーの拡張を求める」主体が、「自己改革的な戦略」のタスク・フォースを編成する。
 「自己改革的な戦略」のモデルにおいては、共有される戦略の文脈にもとづく擬態的な制度が形成される。擬態的な制度では、旧来のシンボルとは異なる新しい「戦略的シンボル」が明確に共有される。しかし、この戦略的シンボルに対する十分な《要約表現》と《予想》が蓄積されていないため、絶えず伝統的制度のルールとの認知的な照合を繰り返しながら、新しいルールを生成し、その妥当性を確認していくことになる。この擬態的な制度と、伝統的な制度的環境とのあいだの架け橋となるのが、図内で示された「発意−合意」の認知的回路である。擬態的制度と伝統的制度の双方に帰属する主体間では、この「発意−合意」の交換は、絶えず自己言及的に行われる。
 他方、擬態的制度にもとづくタスク・フォースのドメインは、擬態内の合意が「十分に成熟した合意」の局面をみたときには、擬態的制度から伝統的な制度へのオーソライズ(正当化)が果たされることになる。その結果、戦略集団の均衡が、伝統的制度下にある均衡に対して、修正(均衡点の移行)の働きかけを行うことになる。この移行の契機を促すのが、擬態的制度と伝統的制度を架橋する「制度的リーダーシップ」のドメインの役割となる。
 セルズニック[1963]は、集団的・制度的リーダーシップ――いわゆるステーツマンシップ(政治的指導力)の4つの機能として、(1) 制度的使命と役割の定義、(2) 目的の制度的体現、(3) 制度的全体性(integrity)の防衛、(4) 内部あつれきの整理、の枠組みを提起し、具体的考察を行っている。産官学連携の場合でいえば、知事、学長といったオフィシャルなリーダーが、十分な法的・政治的公正さを伴ったオーソライズを保障し、戦略的合意が制度的合意へと遷移していく過程が必要となる。このような過程の存立によって、初めて「自己改革的戦略」が「公共政策」としての正当性を確保しうる。
 その意味で、本研究で扱う政策過程は、地域に立脚したボトムアップのリーダーシップが、いかにして上位の政策形成のレイヤーへオーソライズされていきうるのか、個人レベルの創意・発意が、いかに上位レベルの合意へ、地域の合意へと変容していきうるかの「発意−合意変成過程」であり、また「リーダーシップ」と、「制度的リーダーシップ」の相互作用の過程でもある。
 

 3−2.問題領域の拡張可能性

 本研究は、産官学連携の領域以外にも、いくつかの今日的な問題領域に敷衍できる。将来的な研究課題として、2つの拡張可能領域を挙げておきたい。

 第1に、戦略的アライアンスのための組織政策が挙げられる。例えば、ヒューレット・パッカード社をはじめとする先進企業では、トップレベルからマネジャーレベル、現場レベルなどまでの多層的な戦略的アライアンスの組織を構築している。
 ヒューレット・パッカード社では、80年代末から何十もの重要な戦略的アライアンスを形成してきた。しかし、新たな制度が必要とされているにもかかわらず、社内の人事・組織・教育体制の対応は不十分だった。《経営陣は、マネジャー達が学者やビジネス・スクールの開催するセミナーから十分な知識を得ているものと考えていた。(中略)こうした考えは1990年代初めにすっかり覆された。HPの管理職を対象に調査を行った結果、トレーニングを強化してほしい分野として、戦略的アライアンスが圧倒的第一位にあげられたのである。これは、すべてがうまくいっていると考えていた経営陣にとって衝撃的であった》(フリードハイム[2000] )
 こうした危機的認識の結果、90年代を通じて、HP社ではベスト・プラクティスの蓄積とその内部・外部評価のプログラムが構築された。自社のモデルと他社のモデルの比較分析も行われた。さらに人事・組織機構の改革も行われた。Dyer, Kale and Singh [2001] は、同社の戦略的アライアンスのための多層的なタスク・フォースの組織機構を分析している。
 《HPは、数多のアライアンスが進行しているマイクロソフト、シスコ、オラクル、AOL、ネットスケープなど、数社の戦略パートナーとの、知識共有過程を創出した。(中略)戦略パートナーレベルのアライアンスマネジャーには、個人レベルのアライアンスの現場のマネジャーやチームと協働する責任が課されている》
 その他、大企業のなかでの部門間の障壁、カンパニー制の下でのリエゾン機能不全などにも、本研究の枠組みは敷衍できる。例えば、日産自動車のリストラにおいて、カルロス・ゴーン社長が最初にとった戦略が、社内組織マトリックスを縦横に横断する、いくつものタスク・フォースの組織化だった。ヒエラルキー組織のなかに、どのように水平的あるいは多層間横断的なネットワークを形成していくべきか、それを制度の変化に結びつけていくには何が必要か、そうした戦略の理論的枠組みとして活用できる。

 第2に、官僚組織的な弊害の問題とはまったく対照的な領域として、インターネットの世界で勃興した「ネット・コミュニティ」の領域が挙げられる。例えば、リーナス・トーバルズという1人のフィンランドの学生が、ネット上に公開した「LINUX」というソフトウエアが、その後、ネット上の無数の人間の参加による協働的な開発と拡張によって、マイクロソフトのウインドウズをも凌駕するような、壮大なオペレーションシステムのグローバル・オルタナティブ・スタンダードへと進化した。よりアカデミックな世界で発現したUNIX系の正統派のオープンソース・プロジェクトに比べて、LINUXコミュニティにはよりオープンで自由な雰囲気があり、末端のPCユーザまで参加の裾野が広がった(ミラー&田柳 [1999])。このようなボランタリーベースのオープンソース・ソフトウエア・プロジェクトにおいて、不特定多数の参加者がいかにしてコミュニティを形成し、いかなるかたちで自己統率機構(self-governance)が形成されていったのか。そこには、まったくフラットでゼロベースな状態から、「発意−合意変成過程」が発現し、組織が発現していく過程を、きわめて純度の高い自己組織化あるいは複雑系の事例として見い出すことができるだろう。このような過程のつぶさな分析は、本研究の枠組みに対して、まったく新しいモデルと含意を導出することになるだろう。

 本研究の問題領域である産官学連携と地域技術移転の領域での掘り下げとともに、以上の理論的枠組みの掘り下げ、そして新しい問題領域への拡張を、将来の課題としたい。
 
 

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