【論文要旨】

産官学連携とリエゾン戦略――地域イノベーション政策におけるセクター超越型組織の政策過程

田柳恵美子

法政大学大学院社会科学研究科政策科学専攻(組織コース)

 
 本研究は、産官学連携のためのリエゾン(連携・連絡)機能の組織化の政策過程に着目している。地域イノベーション政策に取り組む地域において見い出される、産官学のセクター超越型のリエゾン戦略について論考する。
 1980年代から、地域技術移転システムの新しい潮流が、先進諸地域に広がりをみせてきた。80年代のケンブリッジやシリコンバレーのような、ハイテク集積で著しい成功をみせたベストプラクティスは、その内発的成長における地域ネットワークの重要性を示すことになった。ヨーロッパでハイテク集積で優位をみせた19地域を対象とした最近の調査研究によれば、フォーマルな産官学間の連携よりも、インフォーマルな地域ネットワークを通して波及する情報のスピルオーバーの方が、ハイテク企業の創出や成長において、より重視されているという結果が出ている。しかしながら、そのような成功した地域は例外であり、大多数の地域においては(政府主導システムであるか市場主導システムであるかにかかわらず)、伝統的・制度的なセクター間の障壁が問題となっている。90年代のシリコンバレーにおいてすら、地域の産業の空洞化による深刻な不況を乗り越えるために、地域の人々はその社会的・経済的紐帯を再生させるための、新しい政策形成を必要とした。その教訓は、内発的な成長を目指して地域イノベーション・システムを形成しようとしている地域においては、共通性をもった政策過程が発現するのではないかという仮説を示唆する。
 本研究で、私はまず、日本の3つの事例に着目した。岩手大学、金沢大学、山口大学の3地方大学は、いずれも近年、産官学共同研究件数に高い伸びをみせてきた。岩手県、石川県、山口県は、製造業の従業員数と県内総生産において、いずれも全国比率1%内外のほぼ同水準の規模をもっている。しかし、その他の構造や制度は対照的である。山口県は重化学コンビナートや基礎素材産業を核として、早期に工業化、脱一次産業化が進んだ地域である。石川県は、より内発的な地域産業を有する集積と、全国を代表する繊維産地の1つを擁している。岩手県は、全国でも最も開発が遅れた地域の1つであり、戦後まで長く第一次産業優位の経済が持続したが、70年代以降、電子・電機産業などの工場進出によって、近年急速にキャッチアップをみせてきた。
 これらの地域を比較調査するにあたって、私はいくつかの問いをもって望んだ。地域は産官学の間にどのようなリエゾン機能を築いているのか? 大学は主にどのような相手と共同しているのか?地域の内部、外部、それとも中央の相手とか? 地域には重要な役割を担っているインフォーマルなネットワークがあるか? キー・パーソンへの公式・非公式のインタビュー、観察、様々な文字ベースの一次資料の文脈の読み解きの混成によって、質的調査を進めた。この最初の調査分析ののちに、私は次のステップへ進んだ。見い出された重要な兆候に着目し、埋め込まれた機構や、規則、慣習について掘り下げ、発見的(ヒューリスティック)な手法を用いて、現象を明示的なかたちで描き出した。
 最後に、日本の事例から見い出されたモデルを、ヨーロッパや米国の事例と比較を行った。日本の調査に先だって、2001年の9月に、ドイツのアーヘン、イタリアのボローニャ、モデナ、フランスのソフィア・アンティポリスといった地域を、同様の研究目的で調査を行っていたので、これらのデータを本研究に活用した。実地調査を行っていない米国の事例等については、できるだけ一次資料を収集し、分析した。
 比較分析から導き出された含意は、明解である。実効性のあるリエゾン戦略のモデルの一般条件を、次のように定義した。(1) プロセス上の条件として:(a) 地域の危機的状況への共通認識、(b) 現場の草の根レベルや、市民のレベルでの柔軟なリーダーシップ、(c) 制度の硬直化(もし制度が十分に柔軟であれば、戦略が発現する必要はなく、埋め込まれたリエゾン志向が持続的に働く)。(2) 組織の構造的な条件として: (d) 多層的なリエゾン戦略、(e) 多重的な帰属、である。
 多層性や多重性への戦略的なビジョンは、リエゾン戦略に本質的な実効性を与えるうえで、きわめて重要である。トップレベルのリエゾンと、マネジャーレベルのリエゾンの双方が重要である。どちらか一方が欠けたリエゾンは、決して効果的に働かない。とりわけ、現場のボトムアップなリエゾンは重要である。地域の産官学連携においては、多様な地域のリーダーシップと、地域の上層の人々の政治的手腕(ステーツマンシップ)のなかで、ボトムアップな発意−合意形成過程をみることができた。私は、そのような事例として、90年代のジョイントベンチャー:シリコンバレーネットワークのモデルや、岩手の1987年から2002年までの15年間のモデルに着目し、記述と比較分析を試みた。
 本研究の提起する理論的枠組みは、他の領域の注目すべき現象にも、拡張が可能であると考えられる。例えば、Linuxコミュニティのような、インターネット上で不特定多数のメンバーによって組織された、オープンソース・ソフトウエアの共同開発のネットワークや、あるいはまた、ヒューレット・パッカード社のような先進的企業にみられる、戦略的アライアンスのための多層的な組織戦略の発現などである。理論的な枠組みの深化と、対象領域の拡張が、今後の課題である。
 
 

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