そして3月のある晩、サムワイズ・ギャムジーは、書斎の暖炉のかたわらでゆったりと過ごしていました。子供たちは、みな周りに集められました。それはけっして珍しいことではありませんでしたが、そこではいつもなにか楽しい特別なことがはじまることになっていました。
 しばらくのあいだ、サムは書見台の大きな赤表紙本を(いつものように)声に出して読んでいました。そばの腰掛けには、エラノールが座っていました。とても美しい子で、ホビットの娘たちのだれよりも色白でほっそりとしており、いまやどんどん成長して、瑞々しい少女になろうとしていました。ヒースの絨毯のうえには、フロド坊やがいました。名前こそフロドでしたが、サムの生き写しと言っても過言ではありません。ローズとメリーとピピンは、大きすぎて足が届かない椅子にそれぞれ座っていました。ゴルディロックはもう寝ていました。まだたったの五歳なので、赤表紙本は難しすぎたのです。ちなみに、かつてフロドが予言したことは少しばかり間違っていたのであり、ゴルディロックはピピンのあとに産まれました。とはいえ、この子もまたいちばん末の子ではありません。かつてビルボがトゥック翁よりも長生きすることに成功したように、どうやらサムとローズもまた、子供の数でトゥック翁と肩を並べることに成功しそうだったからです。つまり、ゴルディロックのしたには、まだちっちゃいハムと、ゆりかごに揺られているデイジーがいました。

 「さて、みんな」サムは言いました。「むかし、それはあの場所に生えていただよ。なぜって、父ちゃんはこの目で見たからな」「まだ大きくなってるの、父ちゃん?」 「おらには大きくなってないと思う理由が見つからねえだよ、エリ(※原文Ellie。当然Ellanorの愛称)や。 おらは、おまえたちみたいなちっちゃい連中−サルマンじじいなら汚らしいくずと呼んだだろう−が気にかかって、おまえも知っているとおり、あれから旅に出 てねえ。 でも、何度も南に行っているメリーの旦那とピピンの旦那は、今もそこにいるようなものだからなあ。」

「今も大きくなってるんじゃないの?」メリーが言いました。「おらはバック郷のメリーのだんなよりおおきくなりたいだ。あのひとはいちばんおおきいホビッ トだ。牛うなり(※原作に出てくる、ホビットで一番大きいと言われていた バンドブラス・トゥック のこと。1巻9P参照)よりおおきいんだ。」 「ピピンのだんなよりはおおきくないよ」ピピンが言いました。「おまけに、かれは金の巻き毛なんだよ。とおい南の石の都では、彼は ペレグリン大公なんだよね、とうちゃん?」
「まあ、父ちゃんの知るかぎり、そう呼ばれたことは一度もねえだが」とサムは言いました。「とても尊敬されてはいるだよ。ところで、どこまでいったんだっけな?」 「どこにも行ってないよ」とフロド坊やがいいました。「おら、クモのはなしがまたききたい。おら、とうちゃんが出てくるここが、いちばんすきなんだ、とう ちゃん。」

「でも父ちゃん、今はロリアンの話をしてたのよ」エラノールは言いました。「そして、わたしの花(※エラノールとはロリエンに咲いている花の名前で、彼女の名はそこからとったことが 原作には出てくる)がまだ咲いているかどうかって」
「咲いてると思うだよ、エリーや。さっき話していたように、メリーの旦那が言うには、奥方さま(※ガラドリエルのこと)が去ってからも、まだエルフたちがそこにす んでいるだよ」「いつそこに行って見ることができるの? わたしエルフが見たいの、父ちゃん。そして私のかわいい花が見たいわ」
「鏡を見れば、もっとかわいらしいのが見えるだよ」サムが言いました。「とはいえ、おまえに言うべきことではないだな。もうじき自分で気づくだろうよ」「でも、それは同じじゃないわ。わたしは緑の丘と白や黄金の花を見て、エルフが歌っているのを聞きたいの」
(※蛇足ですがほび助の訳が下手なので解説を。サムは、エラノールが鏡を 見れば、そこにうつる“サムの娘”としてのエラノールがわかるよ、と言っているが、エラノールは、確かに鏡には「エラノール」が映るけど、自分が見たいの は花のエラノールなんだから違うわよ、と言っているのであります。)

「いつの日かかなうだろうよ」サムは言いました。「父ちゃんは、おらがお前の歳のときに同じことを言っただ。ずっと後になってその望みは無くなっただが、 ついにはかなったからな」 「でもエルフたちはまだ海のむこうに行き続けているんでしょう。そしてすぐに誰もいなくなってしまうわ、そうじゃない、父ちゃん?」ローズが言いました。 「そして彼らがいた場所だけが残って、そこは素敵な場所だろうけど、でも、でも…」
「でもなんだい? ロージーや?」「でもお話じゃないみたい」 「そうだな、父ちゃんは、エルフたちはもう航海しないと聞いただよ。指輪は安息の地に去っただが、この地に残ったエルロンド卿がいる間はここにとどまろう としているエルフもいるだ。だからエルフたちは長い長い間ここにいるだよ」
「それでもわたしは、エルロンド卿が裂け谷を去り、奥方さまがロリエンを離れたことを残念に思うわ」エラノールが言いました。「ケレボルンはどうなった の。彼はとても哀しいのかしら?」 「そうだと思うよ、エリーや。エルフたちは哀しいだ。それが彼らを美しく見せ、おらたちはめったに彼らに会えない理由だよ。彼は彼の国に住んでいるだよ、 いままでもそうだったように。」サムは言いました。「ロリエンは彼の国だ。そして彼は木々を愛しているだ」

 「この世界では誰も、おらたちみたいにマルローンの木をもったことはないんだよね、父ちゃん?」(※原作には、サムがガラドリエルからもらった、種や土入りの小箱の中にマルローンの 種が入っており、それをまいたらホビット庄にマルローン樹が生えたエピソードがある) メリーがいいました。「おらたちとケレボルンの殿だけだよね」「父ちゃんはそう信じてるだよ」サムが言いました。それは彼の人生のなかでももっとも誇らし いことのひとつでした。「ケレボルンは木々の間に住まい、エルフとして幸せだっちゅうことは間違いねえだ。彼らにはまだ時間があるだ、エルフにはな。彼の 時はまだ来ていないだよ。奥方さまが彼の国に来て、そして去っていってしまったが、彼はまだ彼の国に残っているだ。彼がこの世に倦むとき、ここから去るこ とができるだよ。 レゴラスについて言えば、彼は彼の国の民と一緒に来て、大河を渡った地、イシリエンに住んでいるだ。ピピンの旦那によれば、彼らはそこをとっても素晴らし い土地にしてるそうだよ。でも、彼はいつの日か海に行ってしまうちゅうことをおらは疑わねえだ。でも、ギムリがいるあいだは違うだな。」

「ギムリはどうしたの?」フロド坊やが言いました。「おら、ギムリが好きなんだ。おらにもすぐ斧が持てるようになる、

父ちゃん? オークはまだいるの?」 「探すところを探せば、強いて言うと、多分いるんだろう」サムは言いました。「でも ホビット庄にはいないだよ。そして、おまえにあたまをぶち割るための 斧は必要ないだ、フロド坊や。おらたちはそんなの作ってないだ。でもギムリは都の王様のために働くべく、やってきただ。彼と彼の仲間は長い間働いて、誇る べき素晴らしい仕事をしただ。そして都の後ろにある山に落ち着き、今もそこに住んでるだよ。ギムリは一年おきに燦光洞(※原作には出てくる、ヘルム峡谷の後ろにある洞窟。映画では女性や子供たちが非難し てた洞穴か?)を見に行っているらしいだ」、

「レゴラスは木の髭に会いに行ったの?」エラノールが聞きました。「父ちゃんにはわからないよ、エラノールや」サムが言いました。「おらは、いままでエン トに会ったっちゅう者を聞いたことがねえ。メリーの旦那やピピンの旦那が秘密にしてればな。エントを間近で見たんだと。」 「エント女は見つからないの?」「そうさな、ここでは見たことないな。そうだな?」サムが言いました。「見たことない」ロージーが言いました。「でも、わ たし、森に行くと探してるわ。エント女が見つかればいいのに」
 「おらもそう思うだよ」サムが言いました。「でも、この問題は、おらたちにとっては、とんでもなく大きくて深いんで、とても解決できそうにもねえだな。 さあ、今夜はもう質問はおしまいだ。少なくとも夜ごはんのあとまではな」

「でもそれじゃ不公平だよ」と、まだ10代になっていないメリーとピピンの両方が言いました。「おらたちすぐ寝かされちゃうんだもん」
「父ちゃんにそんな口きくでねえぞ」とサムは厳しく言いました。「もしエリーやフロ(※原文Fro。フロドの愛称ってこうなんだ。へぇ〜。)が夕食のあ とも起きているのが不公平だというなら、早く生まれてきたことじたいが不公平だっちゅうことで、おらがおまえたちの父ちゃんだってことが不公平だっちゅう こったし、そんならおまえたちはおらの子じゃねえ。さあさあ、これ以上何も言うでねえ。おまえたちの順番を守って、今守んなきゃなんねえことをするだ。で ないと王様に言いつけるだよ」
 彼らはいままでに何回もこの脅しを聞いていましたが、しかし、今回はサムの口ぶりに何か真剣なものを感じました。「いつ父ちゃんは王様に会えるの?」フ ロド坊やが言いました。
 「おまえが考えてるより早くだよ」サムが言いました。「しょうがないな、公平にいくだよ。おらは“起きててもいい子”と“寝にいかなきゃだめな子”の両 方、全員に、でっかい秘密を教えるだ。だけど、ひそひそ言ったりしてちっちゃい子を起こしちゃだめだぞ。そうするのは明日までがまんしろ。」

強烈な期待をはらんだ静けさが子供たちの間に降りてきました。彼らは魔法使いガンダルフを見るホビットの子供たちのように、サムを見つめました。

つづく