「東の虎」deッセイ
NO.4
読書とメガネ
さて、時代は少々飛びまして…。
小学校3年生の時、どういう訳か「本」が好きになりまして、良く読んだものでした。
特に一生懸命読んだのは「ドリトル先生シリーズ」です。 十数冊のシリーズでしたが、その全巻をあっという間に
読んでしまいました。 とてもそれだけの本を買うお金がなかったので、近くの図書館に通いました。
なぜその本を読むようになったか良く覚えていませんが、きっと「人間が動物の言葉を理解できる」と言うところに
興味を持ったんじゃないでしょうか?
一冊目を読んでからは、夢中になりヒマさえあれば読んでいました。当然の事ながら家でも良く読んでいました。
夜遅くまで電気スタンドをつけて読みました。でも、両親に見つかるとヤバイので、電気スタンドを服で覆い足音
(階段を上がってくる音)がすると、電気スタンドの明かりを消し、寝たふりをしていました。いなくなると、また
明かりをつけ読み始めたのです。
従って自然に目が悪くなりメガネをかけることになってしまったのです。それほど、本が好きだったのですが、勉強
だけは好きになれなかったのです。もし勉強が本のように好きだったら、今頃はノーベル賞を取っていたかも?
「日本国は偉大な人物を失ったなぁ〜!」と思っています!! ちょっと考えすぎかなぁ〜?
現在も本をできるだけ読もうとしていますが、なにぶん「シニアグラス」のお世話にならなきゃ読むことが…。
このようにして、私の目は悪くなったのです。
本というものは、好きなところだけを読めばいいと思います。決して前書きから読み始める必要はないと思います。
途中から読んでもぜんぜんOKだと思います。もしその本がおもしろかったら、きっとまた初めから読みたくなるで
しょうからね!
少し前から若者の「読書離れ」と言われていますが、私が思うに「感想文」のせいじゃないかと思います。
小、中学生の休みの宿題に必ずと言っても良いほど「感想文」の宿題はありますからね!
それも、「原稿用紙3枚」以上と言われれば、もう最悪です。ほとんどの人が困ってしまいますよね!
「感想文」を書くために本を読む!「課題図書」の中から本を読む! …おかしいですよね!
本はそんなもんじゃないと思います。好きな本を読み、そこで何か感じたことがあれば、それでOKじゃないでしょ
うか?
何も感じなければ、それでもいいと思います。 まぁ、そんな人がいるとは思いませんが…。
読んだからには、「何か」を感じるはずですからね! それが、「おもしろくなかった!」と言うことでも良いと思
います。 おもしろい本に当たるまで、読み続ければ良いのです。
子供から「感想文」の為に「読む楽しみ」を奪わないで欲しいと思います。