この世に、それは、一人だけ。

乙姫 静香




きっと君は気付いてないけど

君が居なけりゃ

息さえも出来ない





 あー、春休み。
 これが終わったら、俺は見事に受験生。こんな風に尚也の部屋で、ぼーっと惰眠をむさぼることも出来なくなるだろうし、ここに来ることさえ今までのようには出来なくなるんだろうな。
 尚也は今日はバイトだって言ってたから、帰りはちょっと遅くなるはず。俺は横ですぴすぴ寝息を立てている獅子丸の鼻を指先で撫でながら、夕飯の献立を考えた。
 俺も親元で暮らしている高校生だから、そんなにしょっちゅう外泊なんかできるわけないけど、一応ここに来る時の名目はあったりする訳で。っつーかさ、そうじゃないと親父も俺と尚也の関係を怪しむというかなんというか。
 たまに「もしかしてばれてる?」とかって思う時もあったりするけど、でもそれを正面きって「あはは、実は俺たちデキテルんだ!」と言い放つ勇気もないし。すると必然的に、ここに入り浸る大義名分ってものがないと困る訳で。・・・で、一応その大義名分というのは「勉強教えてもらってる」ってことにもなってたりするのだ。
 確かに英語はかなり助けてもらってる。古文とかも、尚也の方ができる。世界史も、日本史も現代文も・・・・おい、まるで俺、何にも出来ないみたいじゃんか。でも、俺は理系で、尚也は文系。数学と生物・化学なんかは俺の方ができるんだけど、英語は文系理系を問わずに必要だし、国立受けるつもりだからどっちにしても文系科目もやんないといけないんだよな。はぁぁぁ、憂鬱。
 俺は獅子丸を起こさないようにベッドを抜け出し、大きく伸びをする。時計を見ると丁度4時頃。昼飯食べた後にそのまま寝ちゃったんだな。窓を開けて、海を渡って来る風を思いっきり吸い込む。そうしているうちに、なんとなく夕食は親子丼にしようと思った。
 実は、尚也には言ってないんだけど、尚也と同じ大学も受けてみようかなと思ってる。別に、俺の志望と一致するからであって、一緒に居たいとか、そういうことではない・・・・・と思うんだけど。でも、否定・・・・・・・・もしないけど。
 がーーーーーっ!何やってんだ俺!?ベランダの手すりに突っ伏して一人で顔赤くして!変じゃん!!
 さ、さっさと着替えて夕飯の買い出しにでも行こうっと。と、俺がベランダから中に戻って来た時に、電話が鳴った。
「はい」
「あ、子規くん?尚也です」
 お。めずらしいな、こんな時間に。
「どうしたの?めずらしいじゃん、こんな時間に」
「うん、ちょっとね。子規くん、今日泊まっていける?」
 おい、唐突になんなんだよ。泊まってって・・・・実は、親父にはそう言って出てきちゃったんだけどさ。でも、そんなこと言えるわけないし。
「ど・・・どうしようかな?俺だって、もう受験生だし、そんなにぼーっとしてられないって言うかさ」
 ちょっと、もったいつけて言ってみる。もうちょっと強引に誘ってくれないと、なんだか新婚みたいで恥ずかしいじゃんか。
 すると尚也、俺のそんな心を知ってか知らずか、小さなため息と共に返した。
「あぁ、そうだよね。子規くん、受験生かぁ・・・・じゃあ、無理かな。ちょっと明日からしばらく会えないかもしれないから、せめて今日はって思ったんだけど・・・・」
 おい、なんだよ!そういうことは早く言えってば。最初っからそれ言っててくれれば俺だって、変なかけひき・・・とかさ、しなくて済むってもんだろーが。
「嘘」
「え?」
「嘘だよ。・・・泊まれる。親父にも、尚也んとこに泊まるって言ってきちゃったし・・・・」
 う。言った後で後悔。ここまで正直に言わなくてもいいんだよな、本当は。俺ってば何がしたいんだか・・・ちょっぴり恥ずかしい自己嫌悪。
 でもそんな俺の一人上手を尚也は悟ったのか、電話の向こうから聞こえてくるくすくす笑い。うわー、なんか恥ずかしいやらクヤシイやら。
「そ・・・そんなに笑うと帰っちまうからな!」
「なんで?先生には泊まるって言ったんでしょ?なるべく早く帰るから、待ってて。お願いします」
 お願いします?妙に素直じゃん。でもまぁ、そういうことなら・・・。
「そこまで言うんなら、居てもいいけど・・・・。夕飯も、作ってもいいけど・・・・」
 更に聞こえて来る押し殺した笑い声に、ちょっぴり口唇をとがらせながら、俺は再び顔が赤くなってくるのを感じる。
 あー、なんか俺ってば不利なんじゃん?




You are the only one in this world.



 俺よりちょっとだけ(?)背が高くて、一般的に見てもイイ男の部類に入ると思うけど、目はいつも笑ってるようなタレ目で、そのくせ妙に気がきいて紳士っぽかったりする。変に無理強いしたりすることもないし、理不尽なことも言わない。歳の割には落ち着いてると思うし、いきがった所がないのも、一緒にいて安心できる。のろけるつもりはないけれど、愛されてるんだなって・・・・思う時がよくあるし。
 それが、俺の・・・・好きな・・・・・相手。くはっ!何考えてんだ俺!?
 出会ってもうすぐ一年。俺の誕生日がすぎれば、尚也との初めてから、丁度一年になるんだ・・・。
 なんてったって男っていうだけで、かなり高い障害のような気はするのに、それでも好きになった。そうだよなぁ・・・・。好き・・・・なんだよなぁ。尚也にはそんなこと口が裂けても言えないけど、なんだろう・・・・?時間は経ってるのに、飽きたりとかしないし。だからこんな風にこいつの家に来て、一緒にご飯食べたりとかしてるんだよなぁ。
 居心地が良いのは、多分、尚也が俺の好きにさせてくれてるだけだからじゃないと思う。きっと・・・??どうしてなんだろう??
「どうかした?」
 箸の動きを止めて、尚也が俺を見る。それで俺は、随分とじーっと尚也のことを見つめていたんだってことに、やっと気がついた。
「う・・・ううん!何でもない」
「俺の顔に、なにかついてる?」
 今度は尚也が、微笑みながら俺の顔を見つめる。や・・・やだなぁ。やめてよう。
「別に、尚也のこと見てた訳じゃないもん」
 俺は恥ずかしさまぎれに、傍らのシバ漬けを箸で口に放り込む。ポリポリと言う音が、二人の間に流れた。
「ふぅん」
 尚也は納得したのかなんなのか、そのまま食事を再開する。が、しばらく俺のことを見つめた後、突然何を思ったのか、尚也は少し真剣な顔で呟いた。
「子規くん、あのさ」
「ん?」
 尚也が箸を揃えて置き、さらに俺をじっと見つめる。な・・・なに?どうしたのさ?
 俺もつい、口の動きを止めて尚也を見つめ返してしまう。
「消えないでね」
「え?」
 消える?・・・どういうこと、それ?言ってる意味が、よく分からない。
「絶対に、急にいなくなったりしないでね」
「や・・・・なんだよ急に。居なくなるだなんて、縁起でもない」
 これってば、ヤマトくんのことも含めて言ってるのかな?俺が、尚也の元彼みたいに、急に消えたりしたらやだな・・・ってこと?
「縁起でもない・・・か。そうだよね」
 尚也は、ちょっと考えて、またいつもの天然笑顔を見せる。どうしたのかな?なんか・・・変なの。
「受験生っていったって、どっかに引っ越す訳じゃないし、会いたければすぐに会えるだろ?」
「うん」
 俺の言葉に、尚也は嬉しそうに微笑む。だから、そんな風にあからさまに喜ばれると、こっちが恥ずかしいんだってば!
「会いたい・・・って、思ってくれるんだ。子規くん」
 ぶっ!っと思わず吹き出しそうになる。こ・・・こいつはなんてことを!?
「ね?」
 うぎゃ!同意を求めるなってば!んなの、恥ずかしくって答えられる訳ないだろ!!
「俺・・・風呂に入ってくる!!俺つくったんだから、尚也が片付けね!」
 俺は思わず、パンっと箸を置いて立ち上がる。尚也はそんな俺を、面白そうに見上げていた。
「ごちそうさまっ!」




You are the only one in this world.



 「やっ・・・も・・・っ・・・んんっ」
 もう一回済んでるのに、それでも尚也が離してくれない。なんだか妙に盛り上がっちゃってて、このまま第二ラウンドに突入か?って感じ。いくらしばらく会えないからって、やっぱり今日の尚也はどこか変・・・じゃないかな?
「ねっ・・・尚っ・・・・?」
「ん?・・・っなに?」
 俺の上に乗ってる尚也が、少し身体を離して俺を見下ろす。俺は、額に浮かんだ汗を指先でなぞりながら言った。腕が、重い。
「何か・・・っ・・・・あったの?」
「どうして・・・・?」
 尚也は俺の身体の両サイドに手をついたまま、深呼吸。俺も、深く息をついてから返した。
「だって・・・・なんか・・・・・」
 すがるみたいなんだもん。・・・・と思ったけど、そんなことは言えない。なんだか、言ってはいけないような気がしたから。
「ごめんね。辛かった?」
「ううん。そういうんじゃなくて・・・・」
 上手く言えないけど、どこか辛そうなのは尚也の方。尚也は自分から悩みを漏らしたりしないから・・・。
「あの・・・さ、どうして明日からしばらく会えないの?」
 ちょっと話を変えてみる。すると尚也、視線をそらしてもう一度大きく息をつき、そのまま俺の胸の上に突っ伏した。
「・・・・?どうしたの?」
 ぎゅっと抱きしめられる。あ、尚也笑ってる。喉の奥で笑ってるから、俺の腹に響くんだってば。でも、なにが可笑しいんだよ。全然分かんない。
「バイトだよ。守秘義務があるから、詳しいことは言えないけどね」
 まぁ、尚也のバイトって探偵だからさ。詳しく聞こうとは思ってないけど。まさか、危ない仕事なんじゃないだろうなぁ。
「泊り込み?」
「まぁ・・・そうなるかもしれないかな」
 確かに、大学が春休み中の今は稼ぎ時。生活費の殆どを自力で稼いでる尚也にとっては、泊り込んででもバイトしたいはずだよな。結局この間の温泉旅行代だって尚也に払ってもらっちゃったし、もしかして・・・俺の所為?
「俺も・・・バイトでもしようかな?」
 ポツリと漏らした一言。すると尚也が、俺の隣りに顔を並べて言った。
「どうして?」
「だって、俺・・・・よく尚也におごってもらってるし、だから尚也もバイト・・・」
 すると尚也、ふふっと笑って天井を見上げる。俺は、逆にうつ伏せになって枕に顔を埋めた。
「心にもないこと言っちゃって」
 あ、そんなこと言われると、まるでおごられっぱなしで気にしてないみたいじゃん。ちゃんと気にしてるんだからな〜。
「今、自分がしなくちゃいけないことの優先順位が分からない子規くんじゃないでしょ?」
 う。それは・・・そうだけどさ。バイトなんかよりも勉強した方がいいのはよく分かってるし。実際・・・それどころじゃないっていうのもよく分かってる。
「子規くんが大学生になったら返してもらうから、今は気にしちゃだめ」
「じゃあ、俺が大学生になるまでは金のかかる事もやめようね」
「どっちにしても、受験生じゃ旅行なんかできないでしょ?」
 そりゃそうだ。で、納得すると同時に、のしかかってくる受験の重さ。尚也も大変だったのかな?あんまり、尚也が必死な姿って想像もできないけど。
「ねぇ、尚也」
「・・・なに?」
 首を倒して、尚也が俺を見る。瞬間、俺の中で何かが弾けた。
 あぁ、そうか。しばらく会えないって、こういうこと。
 『ねぇ』って時に、帰ってこない視線。
 『あのさ』って時に、掴めない腕。
 そして、『好きだよ』って囁きに、返すことのできない『俺も』の一言。
 だから、確認しときたいのかな?こんな風に肌を重ねて。
「あの・・・・ね」
「うん」
 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、想像してしまった。
 会えなくなったらどうする?尚也に、会いたくても会いたくても会えなくて、それをどうにもできなくて・・・・。
 鼻の奥がツンとして、どうしても笑えなくなる。俺は、汗の引いた尚也の肩に額をあてると、かろうじて絞り出した。
「・・・・消えないから。俺は・・・・消えたりしないから」
 俺はまだ、なんでヤマトくんが尚也を置いて消えたのかを知らない。別に、知りたいとも思わないけど、でも・・・・今の俺には、そんなこと想像も出来ない。
 尚也は俺の身体をそっと抱き寄せると、俺の頭に頬を寄せ、髪をくしゃっと掴む。
 何も言わなかったけど、尚也の顔も見えなかったけど・・・。
 抱きしめてくる腕の強さは、いつもよりも少し強かった。




You are the only one in this world.



お久しぶりです・・・の子規と尚也です♪
今回ものっけから甘くて恥ずかしい限りなのですが
どうぞよろしくお付きあい下さいませ。

この話は、よりドラマ色の強いものになるといいなぁ・・・と。