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 松平家を巡った悲劇は、松平家の当主、松平孝蔵の死とともに訪れた。
 明とその双子の兄・聡はともに19歳。二人の誕生日まであと一年近くもあった。
 最初の不幸は孝蔵の死から一月もたたない頃、孝蔵の妻であり双子の母である房子が二階の窓から転落。頸骨骨折で死亡した。それを皮切りに、松平家に関連する人物四人が連続して変死。次期当主の聡までもが、先月から眠ったまま目覚めないという状態に陥った。
 恐れをなした使用人のうちのごく少数は、近所に部屋を借りて通いで勤めるようになり、それ以外の者はすべて去っていった。
 この地方では知らないもののいない旧家である松平家は、僅か半年ほどの間に御家崩壊の危機にさらされた。今ではこの広い松平邸にいるのは、残された双子だけである。しかしその片割れも、いつ目覚めるとも知れない眠りに就いていた。


 「これが兄の聡だ」
 ネルガルとアスカロトの二人は、明の言葉に無言でベッドに寝たきりの少年を見下ろした。ベッドの脇に立つ少年と見分けがつかないほど似ている少年。わずかに違うところをあげれば髪型だろうか。そんな彼は、目の前でただ規則的な呼吸を繰り返していた。
「先月から目覚めない。医者にみせたが原因は不明」
「これを目覚めさせろというのか?」
 ネルガルが感情の見えない声でつぶやく。すると明は薄く笑って返した。
「いいや。その必要はない。兄さんはこのままでいた方がいっそ・・・いや」
 何かを言いかけ、明が言葉を切る。アスカロトが顔を上げ明を見ると、そんなアスカロトを見て明が言った。
「君はどう思う?・・・もしも君のその目が、醜いものを見るために与えられたのだとしたら、果たして君はその目を欲しがっただろうか?美しいものを見る目を持つ者がこの世にいて、そんな中、自分の目には醜いものしか見えないと知ったら、嘆き悲しみはしないだろうか?」
 明は穏やかな表情で語り続ける。まるで、聡が眠ってくれたことを喜ぶかのように。
「父の死から、この家では恐ろしいことばかりが起こった。僕も気がふれるかと何度も思った。でも、そんな時僕を力づけてくれたのは兄だったんだ」
 明は聡に近づくと、額にかかる前髪をそっとなで上げた。
「でも、本当はそんな兄が一番辛かったのかもしれない。ある朝僕が気付いたら、兄はもういつ果てるとも分からない眠りに落ちていた。まるで、現実の苦しみを夢にしたいかのように・・・・・」
「では、私達にこの聡を見せてどうしようというのだ。目覚めさせるのでないとしたら・・・」
 ネルガルの紅い瞳が明を見る。明はそのネルガルの瞳を愛でるように眺めると、薄い口唇を動かした。
「僕の望みはたったひとつ。兄が松平家の財産を相続し、幸せな一生を終えることだ。ただし・・・・・・・・目覚める事無く」
「え?」
 アスカロトが声を上げ、明がその反応を喜ぶように微笑む。ネルガルは表情を変えぬままに明を見返した。
「それだけか?」
「あぁ、それだけだ。それができるのなら、この僕の命などくれてやろう。アスタロトにでも、お前にでも・・・な」
 明の穏やかな瞳の中に、挑むような誘うような光。ネルガルは視線をそらすと、傍らに立ち聡を心配そうに見下ろすアスカロトを見た。
「・・・・・・どうした?」
「え?・・・・あ、いや・・・・・・」
 ネルガルに上から見下ろされると、アスカロトは途端に萎縮してしまう。しかられている訳でもないのに、ネルガルの反応が怖かった。
「なんだ、いいから言ってみろ」
「・・・・・・・なんでもない」
 そんな反応にネルガルが片眉をあげる。上目遣いで怯えるアスカロトが眉を寄せた。
「いいから言え」
 情のない響きで言うネルガルに、アスカロトが一度視線を落とす。それでも聡をもう一度見ると、ためらいがちに口を開いた。
「あの・・・。どんな、夢・・・・・見てるのかなぁって・・・・・・」
 途端、それまでの会話を聞いていた明が弾けたように笑い出す。アスカロトはその声に驚いて、半歩後じさった。
「あははははっ!・・・君・・・っ、面白いねぇ。君って本当に悪魔?」
 明の何気ない一言にアスカロトの表情がピクリと固まる。どう答えたらいいのか分からない質問に、アスカロトの紫色の瞳が揺れた。
 ひときわ大きな風が部屋に吹き込み、たなびくカーテン。ふと視線をそらすと壁にかけられた装飾の見事な鏡が一枚あった。その中にうつる、黒づくめの自分。アスカロトは鏡の中の自分を無言で見つめると、明を振り返り、半ば自虐的な微笑みとともに言った。
「あぁ・・・・・・そうだよ」






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 「お前も物好きなものだな。あんな主人では大変であろう」
 アスタロトは含み笑いでそう言うと、目の前で優雅に包みを解く小さな紳士を穏やかに見つめた。
「どうでしょう?不在の多い方ですからあまり大変という実感はございません。それに、私がマルコキアス様に御仕えしている時間よりも、アスタロト様とマルコキアス様が御知り合われてからの時間の方がはるかに長いような気がいたしますが・・・」
 年の頃は13・4に見える。暗い灰色の髪に茶色の瞳をした少年は、物怖じしない様子でアスタロトにそう返すと包みを解き終わり、中から出たものをアスタロトの方にすっと差し出した。
「ということは、私の方がよっぽどの物好きと言うことか。きっと、そんな調子でマルコキアスの奴のこともあしらっているのだろう?」
「あしらっているなんて・・・・。私はあくまでもマルコキアス様に御仕えする身ですから、ご主人様の幸せを考えていつも行動するようにしています」
 意味ありげな微笑みでその少年執事・アンリはアスタロトを見返した。その意味を深く考えることもなくアスタロトは中から出てきた一枝を目を細めて見つめる。身を乗り出しそれを手に取ると、ため息にも似た息をもらした。
「見事だな。よくここまで枯れずに持ってきたものだ・・・・」
「その春一番の桜をアスタロト様にお届けするのがマルコキアス様の楽しみでもありますから、そう言っていただけると、日本で喜んでいることと思います」
 しみひとつ無い肌が動いて幼い笑顔になる。灰色の髪から両脇に覗く犬の耳が、ピンっと立った。
「今度はいつ帰ってくるつもりなんだ?・・・・・あの道楽者は」
 見事な花をつける桜の枝を眺めつつ、アスタロトの磨かれた指先が花弁を一枚摘まむ。かすかな抵抗の後に離れる花弁。
「さぁ。まだいつとも言っておりませんでした。ネルガル様とアスカロト様があちらに到着されたようなので、しばらくはあちらで状況を楽しむのではないでしょうか。もしご用がおありでしたら、お伝えいたしますが・・・」
 広げた包みを綺麗にたたみ、身支度を整える。アンリは、目の前でちっとも淋し気でないアスタロトを見て、先は長そうだな・・・と思った。
「そうだな。今度なにか思いついたら、うちのエマニュエルとジュリエットをそちらに送ろう。二人もお前の顔を見ない期間が長いと明らかに不機嫌になるからな」
 そういう今も、扉の向こうでは出てくるアンリを今か今かと手ぐすね引いて待ってる二人がいる。エマニュエルとジュリエットは、アスタロトのお気に入りのメイドで、その二人のお気に入りがマルコキアスの執事であるアンリであった。
「それでは、美味しいフィナンシェを焼いてお待ちしましょう。確か、お二人ともお好きでしたよね」
「あの気の強いのに笑って付合えるのは私だけかと思ったがな。やはりお前は物好きだ」
 半ば呆れるようなアスタロトの言葉に、アンリはただ微笑む。
「小さなレディは、気が強いくらいの方が将来が楽しみだとは思いませんか?」
 とても見かけに似合わない台詞。さすがにアスタロトも笑ってしまうと、帰り支度の整ったアンリを送るために立ち上がった。
「では、これ以上お前を引き止めると、将来が楽しみなレディたちが怒るからな。マルコキアスにはよろしく伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
 微笑みで一礼し、アンリが扉を閉める。と同時に扉の向こうから二人の少女の声が聞こえてきた。
「アンリ、待ってたのよ。アスタロト様が新しいドレスを買ってくださったの。少しご覧にならない?」
「靴もリボンもとても素敵なの。是非ご覧になって」
 まくしたてるように話す声が段々と遠のいていく。おそらくアンリは連れて行かれたのであろう。しばらく帰れないのはいつものこと。アスタロトは桜の枝を握りながら、喉の奥で楽しげに笑った。






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 「契約の確認のためには数日を要する」
 といったネルガルに対し、明は二人の滞在を快諾した。
「では、こちらの二部屋を使ってくれ。それと、外を歩くのなら着替えてもらいたいな。その格好で歩かれては、ますます世間の目が厳しくなりそうだ」
 明は二人の格好を舐めるように見て、ため息交じりに呟く。
「きみの方は、僕らの服で合うかな?ネルガルには、亡くなった父のものが合うかもしれない。背の高い人だったからな」
 アスカロトもネルガルも無言で明の言葉を聞いている。明はそれを了承と受け取ったのか二人に替えの洋服を渡し、部屋を出ていった。
「着方は分かるな?」
 ネルガルがアスカロトに聞く。アスカロトは手にした服をもう一度広げ、戸惑いがちに返した。
「と・・・当然」
「なら出て行け。お前の部屋は隣りだ」
 ネルガルの横柄な物言いに、アスカロトが大股で部屋を出て行こうとする。すると、ネルガルがそんなアスカロトの背中に一言投げた。
「お前・・・・・」
「・・・・?」
 途切れた言葉にアスカロトが無言でネルガルを見返す。ネルガルは紅い瞳でアスカロトを見つめ、そして小さくかぶりを振った。
「いや・・・・いい。早く行け」
「・・・・・・」
 浅く目を伏せ、アスカロトが部屋の扉を閉める。一人残されたネルガルは、部屋の壁にある姿見の前に立つと、長い指で、ぴったりと合わされた服の襟をほどいた。ひとつひとつ、金具を外していく。
 ファサッっと足元に落ちるネルガルの黒い服。鏡の中には、無駄のない締まった身体がうつされる。ネルガルはしばしそんな自分の姿を見つめると、広い肩を返して鏡に背を向けた。
「・・・・・?」
 そして、再び自分の肩越しに鏡を見つめる。しかし、そこにはやはり自分の背中しかうつってはいない。ネルガルはそれを確認すると、小さく息をつき、明に渡された洋服を手に取った。






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 彼は、鞘からその剣を静かに抜き、ゆっくりと空に掲げた。
 穢れの全くない、清涼な空間。緑の木々に鳥はざわめき、川はせせらぐ。
 暗く翳ることのない空。彼はその空を切るように、一気に剣を振り下ろす。まるでそこに何かを見ているように。振り下ろし、切り裂き、貫く。
 彼がその重い剣を振るたびに、彼の腕の筋肉は引き締まり、熱を帯びた。いつしか息が上がり、きめ細かな白い肌は汗ばんでいく。それこそが太陽の光といわんばかりの金色の髪が、彼の動きにあわせて軽やかに揺れた。
「ミカエル様っ!!」
 予期しない呼び声に、彼の動きが止まる。整わない息のまま空を見上げると、遠くから、彼に仕える天使が飛んでくる姿が見えた。
「お休みのところを申し訳ございません」
 ミカエルまであと少しというところで、その天使は地に足を下ろし彼に駆け寄る。ミカエルは彼に見えないように剣を鞘に戻すと、姿勢を正して彼に向き直った。
「どうしたのだ?そんなに慌てて・・・・」
 舞い下りた彼はミカエルの持っている剣のことなど全く眼中に無いようで、ミカエルの前に跪くと自身の上官を見上げ、言った。
「ただいま魔界より秘密裏に連絡がございまして、ミカエル様のお耳にもお伝えするようにとラファエル様から申し付けられました」
「魔界から・・・・?」
 ミカエルの鞘を握る手に力がこもる。彼はそれにも気付くことなく、見事なまでに輝くミカエルの金色の髪と、どこまでも澄んだ青い瞳に心奪われるように、うっとりと目の前の選ばれた天使を見つめた。
「は・・はいっ。実は、先日堕天をした天使なのですが・・・・」
 もったいつけるように言葉を切る彼に、ミカエルが無言の肯きで先を促す。彼はミカエルのその意志を組んだのか、一度視線を落とし、そしてもう一度ミカエルを見上げた。
「堕天後も・・・・翼が変わらないそうです」
「・・・・・・なに?」
 短く響くミカエルの声。片方の目を細め、ミカエルはどこを見るでもなく視線を巡らせた。
「元下級天使であるにもかかわらず翼が変わらないのだそうです。当面ルシフェルは状況を静観されるとのこと。ネルガルに身柄を預け、現在その元下級天使はネルガルとともに人間界にいるそうです」
「名前は?」
 即座にミカエルが呟く。彼は反応の早いミカエルに、待ってましたとばかりに返した。
「アスカロト、でございます。あの・・・例の・・・・」
「アスカロト・・・・か」
 強い風が吹き、足元の柔らかい草を波のように揺らす。アスカロトを魔界に送った時、意図的に隠した情報。それがミカエルの胸をかすめていった。
「お心当たりはないものかと、魔界から問われておりますが・・・・」
「かまわん。放っておけ」
 容赦のないミカエルの返事。今の空のように澄んだ青い瞳が、一瞬酷く冷たく光ったような気がした。
「は、はい。・・・・ではそのように・・・・」
 彼は跪いたまま、非の打ち所のない美しさを備えた上官を、胸を去来する心地よい恐れとともに見つめ続ける。賢く、間違いのない上官。かつてサタンの反乱があった時にも、彼が先頭にたって今の堕天使たちに勝利したのだ。天使たちを導き、悪をくじく清らかな大将軍。それが目の前にいる彼の上官、大天使ミカエルであった。
「話はそれだけか?」
「はい」
「ではさがれ。私はもう少し、剣の練習をしていく」
 冷たく言い放つミカエルに、彼は媚びるような笑顔でにじり寄る。
「では!・・・私ももうしばらくここにいてもよろしいでしょうか?是非、ミカエル様の練習のご様子を・・・・」
「いや、帰れ。私は休暇中の筈だ。一人にしてくれ」
 きっぱりとした言い様に彼は仕方なく後じさる。その後折れ曲がるかのように一礼すると、羽を広げて飛んでいった。
 ミカエルは彼の姿が見えなくなったことを確認するや、再び剣を鞘から取りだし、今度は眺める間もなく目の前の花を切った。紅い花が、弾けるように風に乗って飛んでいく。
「魔界・・・・・・・」
 苦しげに寄せられるミカエルの細い眉。彼は白い瞼を降ろすと、剣を握る手をだらりと下ろし、半開きの口唇のまま空へ顔を向けた。
「時が・・・来たのであろうか・・・・・・・」






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 「これで・・・・いいのか?」
 ドアを開けると、アスカロトは口をへの字に曲げたまま、よろよろとネルガルの目の前に立った。ネルガルの方は既に着替えを終え、優雅に椅子の上で足を組んでいる。
「おい。何とか言えよ」
 こちらを見つめるものの何も言わないネルガルに、アスカロトが焦れた声を上げる。すると、ネルガルは組んでいた脚をほどき、アスカロトの方に足を動かした。
「え?・・・」
 こっちへ来るなとアスカロトが眉を寄せる。合っているかどうかのコメントが欲しかっただけなのに、何で近づいてくるんだと、思いつく限りの毒を吐いた。ただし、心の中で。
「な・・・なんだよ。着方が合ってるかどうか聞いただけだろ・・・」
 ネルガルの長身が、まるで壁のように目の前に立ちはだかる。アスカロトは冷たく光る紅い瞳を見上げながら、じりっと後じさった。そして、背中に触れる、壁。
 ネルガルはおもむろにアスカロトのベルトに手をかけ、それをあっさりと外して見せる。
「なっ・・・何するんだよっ・・・まさか・・・・っ・・」
−−アスカロト様はいついかなる場合でも、ネルガル様の要望にはお応えしなければならないのですから・・・。
 マリーの言葉が頭をよぎる。しかし、よぎりはしたものの納得した訳ではない。アスカロトはネルガルの手を掴むと、怯えの影が過ぎる瞳で言った。
「こんな所で何考えてんだよ。俺たちは・・・仕事しに来たんだろ・・っ・・」
 するとネルガルは無表情でアスカロトを見返し、そして次の瞬間アスカロトの狼狽の理由を察した。服のあわせを握り締める手が微かに震えている。
 ネルガルは小さくため息をつき、アスカロトに背を向ける。アスカロトが驚いてネルガルの動きを追うと、ネルガルが机の上に置いてあった灰色の封筒を拾い上げた。
「シャツは中に入れろ。それからベルトだ」
 ネルガルの言葉に、アスカロトが自分の格好を振り返る。そしてやっと、ネルガルが自分にしようとしていたことが自分の予想と違ったことを悟った。アスカロトが慌てて外に出していたシャツを服の下に入れる。ベルトを締め、ベストの前をあわせた。
「では服装が整ったところで、もう一度虎狼丸の所へ行ってこい。この手紙を渡せば、用件は分かるはずだ」
「あ・・・・・・あぁ」
 自分が想像したものの恥ずかしさに、アスカロトが思わず赤くなる。ネルガルはそれに構うことなく、固い封筒をアスカロトに手渡した。
「じゃあ、行ってくる」
 恥ずかしさまぎれにアスカロトが封筒を奪って飛び出そうとする。すると手渡した封筒から手を離さないままにネルガルが言った。
「仕事中が理由にはならないぞ。覚えておけ」
 カッとアスカロトの顔に朱が走る。アスカロトは口唇を噛み締めネルガルを見返した。
「・・・っ・・」
 何かを言い返そうにも、何も言い返せない。赤い口唇が細かく震え、アスカロトの手が半ばもぎ取るように封筒を引っ張った。
 そのまま振り返らずに部屋を出ていく。するとそこへ、入れ違いに明が姿を現した。
「あ、アスカロト。お茶を・・・・」
 明の声には耳も貸さず、アスカロトが屋敷を出て行く。ネルガルは穏やかな表情で目を丸くする明から目を離さなかった。
「どうしたんだい?あれ」
 それにも答えない。明はそれを気にしている様子もなく、ネルガルの横に並んで門を出ていくアスカロトを見下ろした。
「可愛いね。君もそう思ってるの?」
 明の問いかけに「くだらない」とネルガルが息をつく。明はネルガルの洋服姿を見つめ、懐かしむように微笑んだ。
「やっぱりぴったりだ。いや、それでもやっぱり、父よりも背が高いかな・・・・」
 仕立ての良いベストの背中に明が手を沿える。ネルガルは一度肩越しに明を見下ろしたものの、触れられることに抗議するでもなく窓に身体を預けていた。
「幼い頃は良くこうして父の背中に抱きついたものだよ。父も僕たちのことを、本当に愛してくれた・・・・」
 広いネルガルの背中に明が頬を摺り寄せる。それにもネルガルが黙っていると、そのまま白いシャツに包まれた腕がネルガルのベルトの上に重ねられた。
「悪魔の身体も・・・温かいんだね・・・」
 喉の奥でくくっと明が笑う。苦労知らずな指がベルトにかかると、ネルガルが窓の外に目を向けたまま言った。
「・・・・・どういうつもりだ」
「仕事中が理由にはならないんだよね」
 後ろから回された手が、ネルガルのベストのボタンを外していく。ネルガルは形の良い眉をはっきりと寄せると、明の腕を掴んで振り返った。
「立ち聞きは、良くない趣味だな」
「でも、断らないんでしょ?」
 誘うように見上げる瞳。ネルガルはもう何度目だか分からないため息をつくと、明の細い顎に手をかけて言った。
「そんなに・・・後悔したいのか?」







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