Night Birds
Shizuka Otohime
◆Prologue◆
−The Fallen Angel † 堕天使−
ネルガルは、靴を鳴らしながら宮廷の磨かれた廊下の上を歩いていた。
肩の上で切り揃えられた金色の髪が、広い肩幅を誇示するような、かっちりとした黒い服の上で揺れる。一見神父のような恰好でありながら、その実どこか隙のない、切れ味のいいナイフのような輝きを放つ。長い指が縁無しの眼鏡を押し上げると、ネルガルはとある部屋の前で立ち止まった。
優雅に手が上がり、軽くノックをする。内側から応える声に、ネルガルが扉を開けた。
「ネルガルです。お呼びにより参りました」
「ご苦労。こちらへ」
正面の、大きな手すきガラスのはまった窓の前には、長身のネルガルにも引けを取らないほど背の高い男が立っている。男は窓を背にネルガルを見ると、艶やかな黒い長髪を揺らして席に着いた。
「お前を呼んだのは他でもない。新しく堕天をした者のことなのだが・・・」
「アスカロト・・・ですか?」
ネルガルの低い声が部屋に響く。
「知っているのか?」
男はそれが当然であるのを分かりながら、微笑をたたえてネルガルの様子を伺う。ネルガルは男の目を見ると、ごく自然に敬意を払いつつ答えた。
「秘密警察長官として、最低限のことは存じているつもりですが。ルシフェル様」
漆黒の衣装を身にまとったルシフェルが、微笑を崩さないままネルガルを見上げる。ルシフェルの背後には夕暮れのような赤い光が降りていた。
「そうだな。確かに、それがお前の仕事だ。では話が早い。そのアスカロトだが、堕天したにもかかわらず、羽が変わらないらしい」
「羽が?」
普通堕天した天使は、元上級天使でもない限り、羽が黒天使や悪魔の形に変化する。そしてその羽は刺青となって背中に封印され、必要時にのみ外に出すことが出来るようになるのだ。
「そうだ、印(刺青)の方は堕天したものの形に変化したが、羽は白いまま。あれでは元上級天使たちがうるさく言うに違いない」
口ではそういうものの、困ったというような表情は見せない。微笑が、魔界の大判官ルシフェルの常なる顔であった。
「確かに、それはちょっとした問題ですな。ですが、そもそもアスカロトの堕天の理由は?」
ネルガルが表情を変えずに聞く。すると、ルシフェルは小さく息をついて返した。
「天使殺し」
あまりにもルシフェルが淡々と言ったせいか、ネルガルは素直に目を丸くする。それから表情を少しゆるめると、楽しそうに目を月形に歪めて返した。
「それはそれは、たいした経歴ですな。天使殺しの禁を犯したにもかかわらず、奴の羽が変わらないとは、興味深い」
「お前ならそう言ってくれると思った。・・・でな」
「はい」
「お前に、アスカロトをやろうと思う」
ルシフェルの、口元の微笑は変わらない。ネルガルは小さく息をつくと、確認するように聞き返した。
「くださる・・・と?」
「あぁ」
ルシフェルとネルガルが、しばしお互いを見つめあう。
しばらくして、皺ひとつないネルガルの頬が、にっとあげられた。
「それは、部下に・・・ということですか?それとも、一個人としての私にくださる・・・と?」
「どうとでも」
ネルガルよりは少し落ち着いた雰囲気のルシフェルが、あっさりと返す。
「お前の好きなようにすれば、あるいは奴の羽も黒くなるやもしれん」
ルシフェルの問いに、ネルガルがその意図をくんだのか、血のように紅い瞳をゆっくりと閉じる。そして、言葉の意味を反芻するように微笑み、言った。
「御意」
†††††††
壁際に置かれた蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。
ガッ
石造りの壁を靴の底で力強く蹴る。そのまま細い身体を伸ばし、両手首の枷をはずそうとする。白い手首がギリギリとしめあげられ、それでも枷が外れないことを感じると、アスカロトは脚に込めた力を抜いた。
「・・・ふぅ・・・」
もうどれくらいこうしているだろうか。天界から魔界に連れてこられ、この館の一室につながれている。昼か夜かも分からない、窓もないこの部屋の中に入れられてから、彼はずっと脱出を試みていた。
「ったく、なんなんだよ・・・一体」
黒く重たい前髪が顔にかかる。蝋燭の炎を受けて、彼の瞳が輝いた。
壁に埋め込まれた手枷をじっと見上げる。腰を下ろそうにも手の位置が微妙に上にある。仕方ないのでアスカロトは膝を床につけると、立て膝の恰好で壁にもたれた。
自分が堕天をしたことも良く分かっている。真珠色をしていた背中の封印が深い緑色に変わったのを見た時には、少なからずショックを受けた。
それでも、自分は悪くないと思っている。
天使であることに執着などなかった。自分のやりたいように出来るのなら、悪魔だろうとなんだろうと構わない。しかし、なんでこんな所で枷をはめられなければならないのか。そのことには納得がいかなかった。
ふと、足音がしたような気がして息を潜める。この部屋に入れられてから、初めての対面者であった。
キイッ
木の扉が開かれ、金髪の男が姿を現す。高い背、広い肩幅。一糸の乱れもない服装。黒づくめの神父のような姿には、ある種の気高ささえ漂う。
アスカロトが身構えながらも相手を見る。蝋燭の灯りを受けて、紅い瞳が光った。
「アスカロト・・・か?」
知的さの感じられる低い声。アスカロトは相手を睨み返すと、威勢良く答えた。
「だったらどうだっていうんだよ」
ふてぶてしく言いながら立ち上がる。壁に手をとらわれたままで、アスカロトが未発達な少年の身体をよじった。
「堕天をした割には元気が良いな」
「別に、どうだっていいさ。俺はどっちだってかまわねぇよ、天使だろうと悪魔だろうと」
その言葉に、相手が思わず皮肉に微笑む。アスカロトが馬鹿にされたような気になって、相手を睨み付けた。
「私はネルガル。お前の上司になる。以後、私の命令は絶対だ。分かったな」
ネルガルはそれだけ言うと、アスカロトの手枷をはずすようなそぶりもなく、細工の美しい木の椅子を引くと、それに座り脚を組んだ。
広い部屋には、暖炉とベッド、そしてチェス台がおかれている。それ以外には特に何もない、殺風景な部屋だった。
「んなこたどうだっていい。それより、早くこれ外せよ」
アスカロトが血のにじむ手首に枷を食い込ませながら、身をよじる。長い髪が揺れて、その身体にまとわりついた。
「言葉使いが悪いな。とてもつい最近まで天使だったとは思えない」
「俺にはどっちでも変わりゃしねぇよ。いいから、これ外せって」
アスカロトが段々と苛立ってくる。ネルガルはその様子を冷ややかに見ながら、傍らのチェス台に指を伸ばした。
「・・・お前、羽が変わらないそうだな」
「どういうことだよ」
何を言ってるんだと言いたげに、アスカロトが眉をひそめる。ネルガルは長い指で白のポーンをつかむと、大理石の盤面の上を滑らせた。
「おまけに大公爵アスタロト様に似た名前とあっては、少々やりにくかろう」
誰へ聞かせるという感じでもなく、ネルガルが呟く。アスカロトはそんなネルガルの様子に痺れを切らしたのか、半ば叫ぶように言った。
「どうでもいいから外せって言ってんだろっ!聞こえてんのか、ネルガル!」
瞬間、ネルガルの瞳が動き、空気が張り詰める。アスカロトが息を呑むと、瞬く間に、ネルガルがアスカロトの背後に立っていた。
「本当に、口の悪いガキだな」
紅い瞳なのに、とても冷たく感じるのはなぜだろう。アスカロトが背の高い相手を苦しい体勢で振り返ると、ネルガルの腕が背中に触れ、そのまま壁に押し付けられた。
「何すんだよっ!」
身体をくるむだけの黒い布を、ネルガルの手が開く。アスカロトは胸を壁に押し付けられたまま、白い背中をさらした。
「ふむ。・・・印は確かに変わってるな」
後ろ髪をかき分けて、背中を見られる。しみひとつない白い背中に、その黒っぽい大きな模様はすぐ目に付いた。
ネルガルの手は、確かめるようにアスカロトの背中を這う。くすぐったいような冷たい指の感触に、アスカロトが軽く身をよじった。
「羽を出してみろ」
「え?」
力強く壁に押付けられたまま、アスカロトが聞き返す。
「羽を出せといってるんだ。見せろ」
ネルガルの腕の力は変わらない。温度を感じさせないものの言い方に、アスカロトが口をへの字に曲げた。
「あーしろこーしろって、人に命令ばっかりしやがって。そんなに俺の羽がみたいなら、この枷を外せよ。そうしたら見せてやってもいいぜ」
すると、冷ややかな目でアスカロトを見下ろしていたネルガルが、その手をアスカロトから離す。アスカロトが息をつき、ふてぶてしくネルガルを見返すと、瞬間にして、アスカロトの背筋に寒いものが走った。
「な・・・?」
訳の分からない恐怖が、身体の中に湧き起こる。アスカロトはゆっくりと振り返り、言われた訳でもなくネルガルの紅い瞳を見つめ返した。
「あ・・・な・・・?・・・なんだよ・・・やめ・・・」
瞳の中に吸い込まれそうな錯覚。もしかしたら、錯覚ではないのかもしれない。頭の中を見透かされてるような、脳を指でつかまれ締め上げられるような、奇妙な感覚。
「ほう・・・抵抗する精神力はあるのか。どうする?選択させてやろう。私のいうことを素直に聞き、今後逆らおうなどという気を無くすか。それともここで自我を放棄して、心身ともに私の奴隷になるか・・・?」
「い・・・言ってることが、良くわかんねぇよ!・・・・あっ・・・ぐっ・・」
締め付けが厳しくなり、アスカロトが眉を寄せて苦しがる。
「言葉使いが悪いな。誰の教育だ・・・」
「わ・・かんねぇけど、勝手に頭ん中に入ってくんなよ!・・・や・・・っ」
「そうか」
途端に、アスカロトの頭の中がすっきりとする。両目をぎゅっと閉じて頭を振ると、アスカロトはきつい目でネルガルを睨んだ。
「何すんだよ!上司とかって、何の権利があってこんなことすんだよ!」
「権利?」
アスカロトの口にした言葉に、ネルガルが薄く笑う。ぞっとするような端正な笑顔であった。
「私に権利があると言うよりも、お前に権利なんてものがないと言った方が正しいな。お前を生かして残すのも、処分して消し去るのも私の心ひとつだ。生きたければ、私にそう請え」
アスカロトが大きな目を剥いてネルガルを見る。しかし、何も言わないネルガルの表情に本気を見て取ったのか、何も言わずに視線を落とした。
「分かったなら、羽を見せろ」
「それは出来ねぇよ」
アスカロトが即答し、ネルガルがまた目を細める。途端にまた、アスカロトが頭を振って苦しみだした。
「やめろよ!ほ・・本当に出せないんだよ。自分じゃ・・・コントロール・・できな・・・」
「なに?」
ネルガルがアスカロトの顎に手をかける。かすかに涙を浮かべて、アスカロトがネルガルを見た。
「本当に、飛ばなくちゃいけないときとか・・・めちゃくちゃ腹が立った時とか・・・そういう状況にならないと出ねぇんだよ。・・・・本当だ」
締め付けから解放されて、アスカロトが肩で息をする。ネルガルはアスカロトの顎に手をかけたまま、薄い口唇をゆっくりと動かした。
「では、堕天をしてからはいつ羽を見せた?」
「宮廷の中で一度逃げようとして・・・その時に出た。それだけだ」
「ほう」
納得するように微笑んで、ネルガルがアスカロトから手を離す。アスカロトは額に汗を浮かべながら、ネルガルを強い瞳で見返した。
「お前は一体何なんだよ。なんで俺をこんな所に縛り付けるんだよ」
ネルガルはもう一度、優雅に椅子に腰をかける。壁に寄り添いながらネルガルを振り返るアスカロトの様子を、静かに眺めた。
「私は、この下の世界での秘密警察の長官だ。不正を正し、治安を維持する」
すると、アスカロトが弾かれたように笑いはじめる。
「悪魔が不正を正すって?何言ってんだ?この暗黒の世界に治安もへったくれもあるのかよ?」
アスカロトは吐き捨てるように言うと、ネルガルは怒る様子もなく、冷淡な表情でアスカロトを見つめた。
「悪魔だからこそ、法が必要なのだ。善人だらけなら、争いは起こらぬ・・・違うか?」
静かに響く声。アスカロトはネルガルの紅い瞳を見ると、言葉の意味を理解したように口を閉ざした。
「とりあえず、言葉は理解できるようだな。では、分かるついでに教えてやろう。お前のその翼は、災いの元になる」
「俺の・・・翼?」
アスカロトが、素直に呟き返す。ネルガルは立ち上がると、その長身を見せ付けるかのようにゆっくりとアスカロトに近づいた。
「通常、お前のような元下級天使は、堕天をすると天使の白い羽を失う。黒天使の黒い羽、悪魔の羽などに変わるのだ。それゆえに、元上級天使たちは、悪魔になっても変わることのない白い羽に、誇りを持っている。分かるか・・・?」
ネルガルの長身が壁のように目の前に立ちはだかる。アスカロトはその威厳に気おされまいと、きつい視線で見返しながら、肯いた。
「しかし、そこへお前だ。元上級天使でもないのに白い羽を持ち続けている」
ネルガルが、アスカロトの目の前に腕を伸ばし、壁に手をつく。アスカロトに顔を近づけると、その曇りのない紫色の瞳を見つめた。
「上級天使以外にも、天界へ帰りたいと願う悪魔は多い。彼等に対して、変な刺激にならない訳がなかろう」
アスカロトが、ネルガルの目の冷ややかさに息を飲む。背筋を、冷たいものが走った。
「で・・でも、そんなこと、俺が望んだ訳じゃない。・・・どうしろっていうんだよ・・・」
アスカロトの主張に、ネルガルが頬を歪めて、とても綺麗な冷たい笑みを見せる。蝋燭の炎がチラチラと揺れ、紅い瞳の奥に深い闇を垣間見せた。
「黒く・・・なればいいんだ。悪魔らしく・・な」
瞬間、殺気を感じてアスカロトが逃げようともがく。しかし、当然逃げられる訳もなく、再び手首に新しい血がにじんだ。
ネルガルは、アスカロトが身にまとっている布に手をかけると、それを静かに引く。スルリと布がほどけ、アスカロトの前がはだけた。
「なっ・・なにすんだよっ!」
アスカロトの背後にネルガルが回り、アスカロトの足を蹴る。アスカロトは足をすくわれて石の床の上に両膝を強く打ち付けた。
「うっ!」
跪いたアスカロトに覆い被さるように、ネルガルが背後から前に手を回す。白い胸元に、大きな手が触れた。
「なにすんだよっ!・・・っ!」
怒鳴りながら振り返るよりも先に、後ろに激痛が走る。ネルガルの長い指が前触れも無く差し込まれ、アスカロトが苦痛に顔を歪めた。
「っ・・あ・・」
入れられた指が動くたびに、アスカロトの眉がきつく寄せられる。ネルガルは確認するように、アスカロトの身体に触れると、指を抜いて呟いた。
「お前・・・知ってるな・・・?」
恥ずかしさから、白い肌がカッと赤く染まる。アスカロトは顔を背けたまま答えない。ネルガルは、面白いと言いたげに微笑むと、立ち上がり、枷を壁から外した。
「天界で何があったかは知らないが、それでもお前の羽が変わらないというのなら面白い。ゆっくりと原因を追求するまでだな」
手首についたままの枷に、ジャラリと鎖をつなげる。その鎖の先を元の壁に繋ぎ、ネルガルが床に崩れ落ちたアスカロトを見下ろした。
「これ以上・・・なに・・・するってんだよ」
屈辱に身を震わせて、アスカロトが半ば逃げるように、壁を背に座り込む。
ネルガルは、紫水晶の様に美しいアスカロトの瞳がかげるのを楽しそうに見つめると、これから来る長い夜を予言するように言い放った。
「お前に、真の快楽を教えてやろう」
†††††††
「はぁっ・・・・っ・・・」
冷たい石の床に身を投げだし、アスカロトは小さく早い呼吸を繰り返す。
何度果てたか分からない。ネルガルは息一つ乱すでもなく、薄い胸を上下させるアスカロトを見下ろした。
熱く火照った身体に、石の感触が心地良い。
ネルガルはあれから、自らの指と舌だけで何度もアスカロトを追いつめた。相手の果てが分からず、しかも与えられるのはとろけるような快感だけ。最後に残ったプライドの欠片か、せめて声だけはあげるまいと口唇を噛み締め続けた結果、アスカロトの口唇には真っ赤な血がにじんでいた。
「・・・っ・・・・」
身体が重い。アスカロトはゆっくりと自分の左肩をあげると、眉を寄せながら寝返りをうった。ネルガルが、優雅な動きで椅子に腰掛ける。
「ふむ・・・」
頬杖をついたネルガルの長い指が、自らの白い頬の上で遊ぶ。アスカロトは、ほぼ条件反射のように、息をついたネルガルを見上げていた。
ネルガルは、黙ってアスカロトの紫色の瞳を見返す。アスカロトの口元に、長い髪がひと房、音もなく垂れた。
うつぶせに近い状態で、アスカロトがネルガルを見つめ続ける。先に口を開いたのはネルガルだった。
「お前・・・まだ見えてるのか?」
意味のよくわからない質問に、アスカロトが眉を寄せる。
「まだって・・・・どういう意味だよ」
快楽の余韻か、呼吸がまだ乱れる。ネルガルはその髪の色と同じ金のグラスでワインを一口飲むと、小さくため息をついて言った。
「ふむ・・・・面白い」
眼鏡のガラスの縁が、蝋燭の炎を受けて鈍く光る。アスカロトはネルガルが立ち上がる姿を視界の端にとどめながら、疲れ果てて目を閉じた。
ネルガルはすらりとのびたその指で、ゆっくりと眼鏡を外す。紅い瞳がうす闇の中で、嬉しそうに歪んだ。
びくんっ
ともすれば眠りに落ちそうだったアスカロトが、背中を撫でられる感触にパッと両目を見開く。
「なっ・・」
もう終わりじゃなかったのかと、問い掛けるアスカロトの瞳には目もくれず、ネルガルはあろうことか手枷を外した。
しかし、アスカロトもさっきまでの行為で体力を消耗したのか、逃げ出すほどの力もない。ネルガルはアスカロトの細い身体を抱き上げると、ベッドの上に横たえた。
「どうやらお前は、私が思っていた以上に楽しめる逸材のようだ。ルシフェル様に、感謝せねばならぬな」
「どういう・・・ことだよ」
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。ベッドに腰掛けたネルガルは、横たえたアスカロトの身体をなめるように見つめると、まだアスカロトに正気が残っていることを確信したのか、アスカロトの手首を力強く掴んだ。
「痛っ・・・いてーよっ!」
すると、ネルガルはそっとその手の力を弱める。アスカロトが、不思議そうにネルガルを見あげた。
「悪かったな。では、優しくするとしよう」
一見ネルガルの瞳が穏やかそうに見える。アスカロトは調子が狂ったように、そんなネルガルを黙って見つめ返した。
いままでの押さえつけるような愛撫ではなく、優しくいたわるような感触で、ネルガルがアスカロトの肌を撫でる。
さっきまでとは、明らかに違う感触。攻撃的な愛撫から、甘くくすぐるような感覚への変化に、アスカロトが小さく身じろぎをした。
「・・・・・・苦痛か?」
苦痛かと言われると、そういう訳ではない。答えようのない質問に、無言で視線を外す。
「・・・っ・・・」
耳に舌を差し入れられ、胸の突起をつままれる。長い指で挟まれ、指の腹でこすられる。痛痒いような、疼き。
ネルガルの舌はゆっくりと味わうように、アスカロトのなめらかな肌の上を滑っていく。胸をいじっていた手が下りていくのを、視界の隅に見たような気がした。
あれだけ絞り取られたというのに、まだなお熱を帯びはじめたそれには目もくれず、ネルガルはアスカロトのしなやかな筋肉の感触を楽しむように、内腿に舌を這わせる。そのままゆっくりアスカロトの身体を裏返すと、形良く上を向いた双丘の間に顔をうずめた。
「っ、やっ・・・・」
声を押し殺そうとしているのに、さっきまでのようにはいかない。一体何が違うというのか、アスカロトにも分からないまま、戸惑いがちに開かれた口唇に、ネルガルの指が差し込まれた。
「ん・・・ふっ・・・・」
口を閉じようにも閉じることが出来ない。しかも、後ろのまだ固い口には生温かい舌が差し込まれる。
「あうっ・・・んん・・・」
まだ舌で開くには固い部分を、丹念に舌でなぞる。ネルガルは片手でアスカロトの口を開いたまま、もう片方の手で、湿り気を帯びたもうひとつの口にゆっくりと指を入れた。
「んっ・・・んあっ・・・」
前の口に入れたネルガルの手に、アスカロトの唾液が伝う。一本だけ差し込まれた指は、前後に動かすことさえも難しいほどに、きゅっとつかまれていた。
「そんなに美味しそうに咥えなくてもよかろう・・・」
喉の奥でネルガルが低く笑う。アスカロトの身体が瞬時に赤く染まると、その紫の瞳がきつく閉じられた。
指を入れたまま、ネルガルがその周囲に舌を這わせる。内腿をネルガルの唾液がしたたる感触さえも、いまのアスカロトには甘い愛撫だった。
「っふ・・・あ・・・」
指がゆっくりと前後に動かされる。快感というよりは、不快な異物感。閉じることのできない口の中では、落ち着きの悪い舌がネルガルの指でかき回されていた。
「このままでは辛かろう・・・仕方ないな」
呟くと、ネルガルは後ろの指をそっと引き抜いて、サイドテーブルに手を伸ばす。その上にある小さな容器のふたを取ると、上の口に指を入れたままアスカロトの身体を上に起こした。
「っ・・・?」
ベッドの上に膝立ちにさせられて、アスカロトがネルガルを見る。曇りのない紅い瞳。その瞳の中に映る自分を確認したその瞬間、アスカロトが衝撃に耐え兼ねてネルガルの指を噛んだ。
「んぐっ!・・・・ふっ!!・・あ!・・」
冷たいぬるぬるとした感触と、2本の指が同時に差し込まれた刺激。アスカロトは弾けるように両手でネルガルの腕を掴むと、自分の上の口に差し込まれた指を引き抜いた。
「あっ・・・はっ・・あ・・やっ・・・」
指で掻き回されるたびに、じわじわと油が身体に染み込んでいくのが分かる。それはかゆみにも似た疼きで、ゆっくりとアスカロトの神経を犯していった。
「や・・・やめ・・っ・・・」
結ぼうとする口唇は、すぐさま熱い吐息にほどかれる。ネルガルの指は、まるで別の生き物のようにアスカロトの中で自在にうごめいた。
「や・・だっ・・・・」
身体をくの字に曲げて、アスカロトが頭をシーツにこすり付ける。しかし、その細い腰はしっかりとネルガルに抱えられ、逃げることはかなわない。
くちゅくちゅと音を立てて、指が抜き差しされるたびに、アスカロトの身体がピクンと跳ねる。
「んっ・・んっ・・・」
心とは裏腹に、身体は次の刺激を求めていく。もはや抵抗することも忘れて、アスカロトは身体を折り曲げ、膝をついたままシーツに顔をうずめた。
「こっちもそろそろ欲しくなってくるだろう?」
あいかわらず冷静なネルガルの声が響く。話されているのが、前の方で早くも高ぶっている自分のもののことだと気付くまで、しばらくの時間を要した。
「この薬との相性もいいみたいだしな」
後ろに入れられているのとは反対の指で、再び容器の中を探る。
「あ・・・や・・だ・・」
この上、そんなものをそこに塗られたら、自分がどうなってしまうのか分からない。アスカロトが弱々しく抵抗の腕を伸ばすよりも早く、ネルガルのすらりとした指がアスカロトのそれにかけられた。
「はっ・・ふ・・・」
先端の窪みに、円を描くように塗り付ける。それから裏の筋を辿るように指が下りていく。
「っ・・・・・・・」
自分の指を噛み、声を押し殺す。震えるような甘い痺れに、自分の腰が震えているのが分かる。ネルガルが油をてからせながらアスカロトのそれに愛撫をくわえはじめると、アスカロトがきつく閉じた目の端に、涙がにじんだ。
「い・・やだっ・・・や・・・はん・・・・っ・・」
心は抵抗を試みながらも、身体は入れられた指を前への刺激に合わせて、奥へ奥へと飲み込んでいく。顔の両側でシーツを握る拳が、屈辱と快感に小さく震えた。
薬の効果か、後ろへの異物感が快感へとすりかわっていく。それと同時に、癒せない渇きのような、快感に対する餓えが湧き起こる。アスカロトは関節が白くなるほどシーツを握り締めて、その渇きに耐えようとした。
「やっ・・・ああんっ・・あ・・・っ・・・」
内壁をえぐるように、ネルガルの指がうごめく。アスカロトの口端からは唾液が糸を引き、なめらかな背中には玉の汗が浮かんだ。
耐える間にも、ネルガルは楽しそうにアスカロトの前でカチカチに固くなったそれを弄んでいる。先端からしたたりだしたものを、更に塗り広げるように指先でこする。
「くっ・・・あ・・あ・・・」
さっきまでの快感とは比較にならない、媚薬による魔力。アスカロトは理性もかなぐり捨てて、腰を動かした。
「欲しいか・・・?」
柔らかい声で、ネルガルが耳元で囁く。本当は一気に終わらせて欲しい。しかし、それを口にするには余りに頑ななものが自分の中に残っていた。
涙を飛び散らしながら、アスカロトが首を左右に振る。欲しいなんてことは、死んでも言えないと思った。
「そうか・・・?お前のここは、もうかなり悲鳴を上げてるようだがな・・・」
そう言って、ネルガルの指がこすりあげるように裏筋を刺激する。
「はあんっ・・あっ・・・や・・・・いっ・・・」
「こっちも・・・もっといいものが欲しいと言ってるぞ」
後ろへの指が、更に一本増やされる。もはやグチュグチュといい出したそこは、蝋燭の光の中でも分かるほどに、赤くひくついていた。
いっそのこと意識を手放せたらと、哀願するような気持ちでアスカロトが虚空を見つめる。紫水晶のような瞳がうす闇の中で、鈍く輝いた。
「や・・・あ・・・っ・・・」
いきそうになるたびに、根本を締め付けられて止められる。
喉を反らして声をあげ続けるアスカロトに、ネルガルは何を思ったのか、後ろに差し込んでいた指を抜いた。
「これでも、まだ欲しいと言わぬつもりか?」
飲み込む対象を無くしたそこは、何かを求めていやらしく息づく。
「んんっ・・・・・」
アスカロトはそれでも、激しく首を横に振った。
「ふむ。せっかく第一関門を突破したというのに、これでは先が思いやられるな・・・」
アスカロトは言葉の意味を考える余裕もなく、高まった快感のうねりに耐えている。
すると、浅く熱い吐息を漏らしつづけるアスカロトの背後に回り、ネルガルの指が自分の服の前を割った。
「強情だな・・・。まぁ、今後の楽しみ・・・ということにするか」
そして、服の間から半ば立ち上がりかけた自分のものを取り出すと、服を脱ぐこともなくアスカロトの細い腰を支えた。
「っ・・・」
アスカロトはされるがままに膝を立てて、腰を高く上げる。汗ばんだ肌にネルガルの大きな手が添えられると、そこに入れられるものを待ちわびている箇所に先端を含ませた。
「!・・・あっ・・・」
アスカロトの身体が跳ね、そこは貪欲にネルガルのものを飲み込んで息づく。
ネルガルはゆっくりと身体を律動させ、アスカロトの中をじっくりと味わうように腰を押し進めていく。
「うっ・・・んうっ・・・」
指で散々慣らされたせいか、そこはたやすくネルガルを咥え込む。しかし、まだ中途半端だったネルガルのものは、侵入の刺激を受けて、アスカロトの中を押し広げるように、内部でその形状を変えていった。
「いっ・・・あっ・・・は・・あ・・っ」
奥までぴっちりと入りきる前に、アスカロトのそこはそれ以上広げようもないほどに張りつめる。ネルガルはもう一度容器に手を伸ばすと、指先につけた媚薬を、再びネルガルのものを受け入れている部分へ、輪を描くようにこすり付けた。
「やっ・・やだ!・・・いや・・っ・・・・」
ジリジリと始まる甘い疼き。ネルガルは一度ゆっくり身体を引くと、媚薬で濡れ光るそこへ、突き刺すように身体を進めた。
「あああっ!!・・・あんっ・・・はっ・・・」
そしてそのまま、腰を使ってアスカロトの身体ごとゆさぶりをかける。ネルガルの手がアスカロトの前に回されると、今にもはじけてしまいそうなモノの根本をぎゅっと握り締めた。
「あっ・・あんっ・・・んふっ・・・はっ・・・・」
根本を締め付けられたままのモノから、せつない先走りが滴る。いく事も許されぬまま、何度も何度も貫かれる。アスカロトは喉を反らせると、髪を振り乱して声を上げ続けた。
「はんっ・・あっ・・あっ・・あんっ・・・あんっ・・・」
ネルガルの腰の動きに合わせて、規則的なリズムを刻む。アスカロトの中で、熱を帯びたネルガルのモノが、刺激を求めて身悶える内壁をえぐるように何度も行き来する。
「やっ・・・やっ・・・あああんっ・・・うっ・・・」
自分のものとは思えない程、甘く媚びるような喘ぎ声。今まで一方的にされたことはあっても、こんな風に高みに追いつめられることはなかった。相手が後どのくらいで終わるとか、さっさと済ませて欲しいとか、そんなことを考える余裕も無い。それよりも、もっと深くもっと激しくと心の声が叫ぶ。貪欲な欲望が、身体の中で確かに息づいているのを、アスカロトは感じていた。
ネルガルは、アスカロトの根本を握り締めながら、反対の手で、その先端や首の周りをいじりはじめる。
「うくっっ・・ふっ・・・・・や・・あ・・・・んっ・・・」
このまま気が触れるのではないかと思うような、妖しい刺激の渦。
腰は震え、涙が止まらない。汗と涙が交じり、開きっぱなしの口唇でそれはさらに、唾液と交じる。
「んっ・・んっ・・んっ・・・・」
それでも腰を使われるたびに、ネルガルを咥え込んだそこはぐちゅぐちゅといやらしい音を立て続け、快感にうち震える。筋肉の収縮に逆らって抜き差しされるそこも、固く立ち上がったままつかまれているモノも、限界をはるかに越えていた。それでもネルガルのものは、まだまだ楽しみ足りないとでもいいたげに、体内で暴れ続ける。
アスカロトは、涙と汗に濡れる顔を歪ませると、途切れ途切れに言った。
「た・・・すけ・・・っ・・・あっ・・はぁっ・・・」
すでに滴りを止められないそれは、解放を求めてひくついている。ネルガルは、腰の動きを止めないままに、背後からアスカロトの耳元に囁いた。
「イキたいか・・・?」
その言葉にアスカロトが、我を忘れて首を縦に振る。
と、ネルガルの赤い舌が、乾いた薄い口唇をペロリと舐める。頬を歪ませて微笑むと、ネルガルが喉の奥で笑いながら返した。
「では、そう請うのだな・・・・」
「っ・・・んっ・・・」
アスカロトの涙が、シーツに吸い込まれる。すすり泣くようにひとしきり声を上げると、アスカロトが消え入りそうな小さな声で呟いた。
「いっ・・・せて・・・・・っ・・・」
アスカロトが口唇を噛み、ネルガルが腰の動きを止める。
「・・・・よく、聞こえないのだが・・・・。何か言ったか?」
白々しい言葉に、アスカロトが眉を寄せて首を振る。それでも、そのままでは解放されないことを悟ったアスカロトは、両手で痛いほどにシーツを握り締め、震える声で言った。
「イカっ・・・せて・・っ・・・くださ・・・・・っ」
そのままきつく目をつぶる。目の端からは汗だか涙だか分からないものが、はじけて落ちた。
「っく・・・ふっ・・・・」
肩で息をしながら、アスカロトがすすり泣く。ネルガルはきつく締め付けていた部分から手を離すと、アスカロトの汗ばんだ身体を背後から抱きしめ、ゆっくりと腰を動かしはじめた。
「あっ・・・んあっ・・あんっ・・あ・・・あんっ・・・・」
紅い瞳を楽しげに歪ませながら、ネルガルが深く何度も突き刺すように腰を使う。アスカロトは自分の身体を固定するネルガルの腕に爪を立てると、もはや理性をかなぐり捨てて突かれるままに声を上げた。
「はっ・・・んふっ・・・はあっ・・・・はっ・・・・あんっ・・」
腕を掴む手に力がこもる。ネルガルは、アスカロトのそれに手をかけると、今度は優しくもみしだくように、指を滑らせた。
「あっ・・あっ・・あっ・・・あああああんっっっ!!!」
それを合図のように、アスカロトが身体をヒクヒクと痙攣させる。ネルガルはアスカロトが果てたのを見ると、細い腰を更に何度か打ち付けて、その熱い収縮の中に自分のモノをほとばしらせた。
ネルガルが前を合わせ、まるで何もなかったかのように綺麗に身支度を整える。
アスカロトはまだベッドに突っ伏したまま、ピクリとも動かなかった。
自分のもので汚れたシーツは、床に丸まっている。浅く早い呼吸が、冷めていかない高ぶりの激しさを物語っていた。
うつぶせに横たわり、壁を見つめる。白濁した思考回路の中で、アスカロトはなんとなく天界にいたときのことを思い出していた。
誰も助けてくれるものなどいない。それは今までと同じ。今までだって、誰かに助けられることなどなかった。自分の力でなければ、逃げ出せることなどなかった。
そう、自分の力で・・・・。
アスカロトがそう思った瞬間、アスカロトの背中にある刺青が、白く光ったような気がした。
ネルガルが、そんなアスカロトに何かを言いかけた時、ベッドに突っ伏し打ち震えるアスカロトの身体から、白い光が放たれる。
「なっ・・・」
ネルガルが驚きに声をなくした時、汗に濡れたアスカロトの背中から、ひときわ大きな翼がゆっくりと伸び出した。
蝶の羽化のように、ゆっくりと羽が上に伸びていく。
白い二つの固まりが、その全貌を少しづつ明かすように。羽は静かに伸びると、今にもはばたき始めるかのように、左右に広げられた。
「これが・・・変わらない羽・・・・」
少し青みを帯びた、真っ白い翼。真珠のような淡い光沢。
それはネルガルが今までに見たどんな羽よりも、清らかで美しいものであった。
羽から、まるで清浄なオーラが出ているような気さえする。ネルガルはそっとその翼に手を伸ばすと、壊れ物に触れるように優しくその羽を撫でた。
ほのかに暖かい。大きさといい、羽艶といい、それは他の元上級天使たちの翼に劣ることのない、大きく立派な羽だった。
「本当に・・・下級天使の羽か・・・?」
ネルガルが呟いて、アスカロトを見下ろす。
もう一度ネルガルがその翼に触れようとした途端、今まで目の前にあったその清廉な翼は、視界からかき消えた。
あとには、一本の白い羽。
ネルガルの指が、その羽を摘まむ。アスカロトを見ると、気を失ったのか眠ったのか、すでに話せる状態ではなかった。
「変わらない・・・・翼・・・・・」
自ら与えた快楽にも屈しない、アスカロトの翼。ネルガルは、拾った羽を見つめながら、冷たく微笑んだ。