未成年の主張 第一部−第一話
                                                      乙姫 静香   


 ここは某県某市にある東月学園(とうげつがくえん)。中高一貫教育で知られる名門男子校である。国立私立を問わず、有名大学への進学率も高く、全国から優秀な生徒が集まることでも知られている。しかし学校の中は、そんな表の澄ました顔とは違って、どちらかというとのんびりのほほんとした雰囲気であることはあまり知られていない。
一話の二人
  生徒会室。今日も生徒会役員であるカオルとユキヤは居残って掃除をしていた。
「カオル先輩。こっち終わりました」
 ユキヤの高い声が響く。カオルは顔を上げると、箒を持ったまま微笑むユキヤを見た。
 ユキヤは中学2年生。地方出身のため寮で生活をしている。白い肌と墨のように黒い、艶やかな髪を持っている。背も低く、もろに女顔。殺風景な男子校の、華的存在だった。
  カオルは中学3年生。どっちかというと、浅黒い肌に体脂肪率の低そうな身体。一見、女受けの良さそうな顔をしているため、海辺のナンパ目的の外出には引っ張っていかれるものの、その実、結構奥手のタイプであった。
そして、そのカオル。実はひとつ下のユキヤにお熱(死語)であった。
−可愛いなぁ。
 無邪気に笑うユキヤに、カオルが心の中で呟く。ユキヤはそんなカオルの心を知ってか知らずか、小首をかしげた。
「先輩?」
  ユキヤが入寮した時は、それこそ一大事であった。自宅通いの生徒までが入寮を希望し、あわや寮がパンク状態になるところであった。そこで、ユキヤを生徒会に入れ広く人目に触れる場におくことで、事態が沈静化したのである(どんな学校じゃ)。
「熱でもあるんですか?顔、赤いですよ」
  ぴと。ユキヤの白い手が、カオルの額に当てられて、カオルが驚く。
「なっ、なにするんだよ!」
 奥手クンの悲しさかな、本当は「ひゃっほう」とでも言いたいところを逆切れしてしまう。すると、ユキヤはそれに傷ついているような風もなく、手を引っ込めると、赤い舌をペロッと出し、
「ごめんなさい」
 と、微笑んだ。
−かっ可愛い・・・。
 思わず鼻血を吹いてしまいそうな気分になる。カオルが想いを悟られないように背を向けると、ちょっと沈んだ声でユキヤが言った。
「でもね、最近、俺・・・変なんです」
 カオルの想いは露知らず、ユキヤがうつむく。カオルがユキヤを振り返ると、ユキヤが一度カオルの顔を見て、それから少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「変って?」
 カオルが気になって聞き返す。ユキヤは、カオルがそう聞いてくれたことが嬉しかったのか、意外にあっけらかんと言い放った。
「俺、ホモなのかなぁ?」
「へぇ、ホモ・・・」
−ん?
「ホッ・・・!?」
 あっさり繰り返した後に、言葉の意味に気が付き、カオルの髪の毛が逆立つ。一方ユキヤはカオルの反応が面白いのか、カオルを見てにこにこと笑っていた。
「ホッ・・ホモって・・・どっどっどっどっどういう・・・」
 カオルの心臓がばくばくと脈打つ。箒を持つ手が汗でじっとりと湿った。
「だって俺ね、カオル先輩のこと見ると、なんていうか、こう。胸がきゅんっていうか、ドキドキっていうか・・・そんな感じになるんです。同室の奴が、それはホモだって・・・。思わず、実家のばあちゃんに相談しちゃったくらいですもん」
 ユキヤの笑顔に、カオルの心臓がばくんとときめく。俺、このまま死ぬんじゃなかろうかと、一瞬覚悟を決めたほどだった。
「おっ・・・俺!?」
 自分を指さす指が、プルプルと震える。ユキヤがこくりと肯き、こんなことが現実にあっていいものだろうかと、カオルは神に感謝した。
「ででででっ・・・ばあちゃんは、なんて?」
 すでにご家族の了解を得ているなら話も早い、さっそく結婚を前提に・・・と気の早いことをカオルは考える。すると、ユキヤは無邪気な笑顔と共に言い放った。
「『救心』飲めって」
 がくーんとその場に崩れ落ちる。動悸・息切れ・めまいに救心。そんなコピーが脳裏をよぎった。
「カオル先輩・・・どっか悪いんですか?・・救心、飲みます?」
−持ち歩いてるんかい!?
 差し出された救心に、思わず突っ込む。しかし、さっきから赤くなったり青くなったり・・・確かにこれでは、どこか悪いと思われても仕方ない。カオルは気を取り直すと、先輩らしい毅然とした態度を−とるように努めつつ−して言った。
「いやーーーなんだなぁ、ユキヤ。それはばあちゃんが言うような動悸とか、そういうことじゃないと思うんだけどな」
「え?じゃあ、なんなんですか?教えて下さい!!」
 純粋な瞳に、カオルが吸い込まれそうになる。が、そこはぐっとこらえて、ビシッと言い放った。
「それは、なんだ。同室の奴が言ったように、ホモ・・・いや、恋というものではなかろうか・・?」
「恋・・・」
 カオルを見ながら、オウムのようにユキヤが繰り返す。カオルが力強く肯くと、ユキヤが小首をかしげて言った。
「って、なんですか?」
「は?」
 冗談かと思って、カオルがユキヤをじっと見る。が、どうやら本気でユキヤは恋の意味を知らないらしい。ということは当然ホモの意味も分かってないのだろう。カオルはどう説明したものか分からずに、棚にあった辞書を差し出した。
「恋っていうのは、そういうどきどきとか、きゅんとかってことだ・・・ほら、これで調べてみて」
「はいっ」
 可愛く返事をして、ユキヤが辞書を受け取る。ぱらぱらとページをめくる音がして、ユキヤが小さく声を上げた。
「あった。えーと、『恋』。コヒ、(男女の間で)好きで一緒になりたいと思う強い気持ち(を持つこと)。だそうです、先輩」
 うんうんとカオルが肯く。すると、ユキヤが恥ずかしそうに肩をすくめて続けた。
「じゃあ、俺の勘違いですね。変な事言ってごめんなさい、カオル先輩」
「へ?・・・なんで?」
 肩透かしをくらったように、カオルが固まる。
「だって、『男女の間で』って、書いてあるでしょ。だから、俺のは違うんですね。先輩も俺も、男ですもんね」
 てへっとユキヤが笑って辞書を棚に戻す。カオルは「『』は飛ばせーーー」という突っ込みと「だからそれをホモというんじゃあ・・・」という想いを心の中で繰り返す。しかし、ユキヤが再び掃除に戻るのを見ると、再びあきらめたように箒を動かしはじめた。

 あぁ、春はまだ遠い・・・らしい。